一か月前まで、この教室に普通に遊びに来てくれていた先輩が、今はテレビの向こう側で、アイドルの卵として話題の中心にいる。

 そうなるって、最初から分かっていた。

 (分かっていたけれど、実際にこうして姿が遠くなると……やっぱり、寂しいもんなんだな)

 それに、ここ数日はほとんどメッセージの返信も来ていない。
 急に変わっていく環境に、俺の気持ちだけが置いてきぼりになってるみたいだ。

 でも、今は大変な時期だし。応援してあげなきゃ。
 何度も自分にそう言い聞かせる。

 そして、心の支えになっているのは、あの日、電話で交わした銀座のイルミネーションの約束だ。
 その約束があるから、今もちゃんと繋がってるって思える。

 番組は回を重ねるごとに、サバイバルの内容がどんどん過激になっていった。
 視聴者投票で脱落者が決まったり、チームに分かれてヒット曲をカバーしたり。

 先輩が仲間とぶつかったり、ダンスや歌の先生に激しく叱られたりするシーンもあった。
 だけど、持ち前の前向きさと地道な努力で、先輩はどんどん上達していった。

 その姿に、俺も胸を打たれた。
 絶対に夢を掴んでほしい。心から、そう思った。

 番組の放送開始に合わせて、公式SNSも一気に動き出した。
 これまで非公開だった合宿メンバーが公開されて、練習風景やプライベートの写真まで、次々とアップされていく。

 「……先輩。めっちゃ、いい表情してる」

 先輩との連絡が減ったぶん、代わりのようにSNSを何度もチェックするのが日課になっていた。

 画面に映るのは、今まで見たことのない合宿での先輩。
 仲間たちと笑い合って、ときには肩を寄せ合って、ふざけ合っている。
 その姿がどうしようもなく輝いて見えて、俺は無意識にスマホを閉じていた。

 「あ、やばい。今の自分、めっちゃ嫌いかも」

 すでに細かい傷を負っていたのに、SNSの写真を見るたびに深い傷を上書きしてる。
 もう、取り返しがつかないほど化膿して、目も当てられない。

 先輩の夢を応援すると決めたのに、他の人に先輩を取られたような気になっている。
 そもそも、先輩は俺のものなんかじゃない。ただの、親しすぎる友人ってだけなのに。

 (「離れていて寂しい」とか「連絡をくれなくて悲しい」とか「俺のこともうどうでもいいんだよね?」って、全部言っちゃいたい)

 彼女ヅラかよ、って心で突っ込む。
 こんなやつ、思いっきり引かれて、気持ち悪いって言われて、全部終わりになればいいのに。
 そうすれば、毎日こんなふうに辛い思いをせずに済むのにな。