チュッと、リップ音が鼓膜を揺らす。
 スマホを通してなのに、耳朶に口づけられたように、その部分に熱を持つ。

 「先輩……」

 鼓動の高鳴りは止まず、全身が火照ってる。
 たった一瞬の音に、ここまで心乱されるなんて、俺はどうしちゃったんだろう。
 先輩は電話の向こうで小さく咳払いで誤魔化した。

 『……ね、そういえば瑞稀。来月の後半、日本にレッスンで帰るから、会える?』

 明るい声で俺に提案した先輩に、見えるわけがないのにこくこくと激しく首を縦に振った。

 「うん。めちゃくちゃ会いたい、です」

 さっき自分で大胆な発言をしたからか、いつもはためらうような言葉もさらりと伝えられる。

 『……やった。決まり。瑞稀が行きたかった銀座のイルミネーションだっけ。そこに行こうよ』

 「わ、やば。テンションぶち上げです」

 『それはよかったです』

 先輩とその後、少しだけ他愛のない話をして電話を切る。
 すでに先輩の声は聴いていないのに、まだ鼓膜に残響してる。
 不思議だ。もう二週間も会っていないのに、声を聴いたら先輩の手の感触とか、香水の香りとか、ぼんやりと思い出せるんだから。

 
 「ねぇ、この七海くんって、この前あんたと手繋いでた子じゃないの!?」
 
 「あー、似てるね」

 「似てるねて、どう見ても本人じゃんか。あんた、どんなツテ持ってんのマジで」

 そうこうしてたら、オーディション番組のテレビ放送が始まった。
 不本意だったが、オタクの姉とともに肩を並べてテレビの前に張り付く。
 先輩が合宿に旅立って、はや一か月。なので、一か月以上前のオーディションの風景が今、放送されているというわけだ。
 第一審査のダンスや歌の様子から映し出され、すでにこの時点から、先輩は圧倒的な存在感を見せていて、目立つメンバーとして紹介されていた。

 <ミオ、久しぶり>
 <リク、お前とここで会えるなんて思ってなかったよ。デビュー、楽しみにしてるから>