それから数時間後。俺は先輩と約束した通り、旧生物室に集合して弁当を広げる。
 この場所は数カ月前、応援団の練習場所として利用していた教室。思い出が詰まった教室、だ。
 埃っぽい匂いと、大きな窓ガラスから差し込む柔らかい光……全部、全部、懐かしい。

 「入り浸ってたのが数カ月も前だなんて、ちょっと信じられないかも」

 お弁当の蓋を開けながら話しかけると、先輩もぱかっと音を立てて弁当箱を開けた。

 「ね、昨日の事みたいに思い出せるもん。瑞稀が一生懸命踊ってる姿」

 「なっ。マ、ジ、で! 忘れてください」

 強めに主張する俺に、先輩は余裕たっぷりに笑って、卵焼きを箸ですくう。

 「瑞稀が頑張ってたから、教えようと思ったし。俺、誰にでも優しくないからさ、いつもは」

 「えっ……うそ、先輩優しいじゃないですか。誰にだって」

 「いや、それは優しいんじゃなくて無関心ね」

 さらりと言いのけた先輩に、思わず動きを止める。
 恐る恐る視線を合わせると、まっすぐ彼の眼差しに射抜かれる。 
 その目は笑っていなくて、少し切なそうに揺れて、でもたしかに真剣そのものだった。

 「瑞稀は特別だよ。俺にとって」

 静まり返った教室に熱がこもった声が響く。
 心が揺さぶられるせいで、一度落ち着きたくて箸を置く。視線を合わせていられなくて、弁当を一心に見つめた。
 まるで愛の告白みたいな言葉に、息が止まりそうだ。

 「だから、普通に昨日は……瑞稀のお姉さんに手繋がれてるとこ見られても、俺は全然嫌じゃなかった。むしろ、手繋げて嬉しかったし。……でも、瑞稀は違うよね。無理やり手、繋いでごめん」

 そう言って、先輩は少しだけ頭を下げた。

 (俺が既読スルーしたから、色々考えて、こうして謝るためにお昼に誘ってくれたのかな)

 その真摯な姿に、胸の奥がじんわりと熱くなる。
 先輩の行動の真意はまだ分からない。でも、俺のことをちゃんと考えてくれているのは伝わってきた。

 ただの〝恋人ごっこ〟なら、きっとこんなふうに謝ったりしない。
 もしかして先輩も俺と同じで、この関係をどうすればいいのか分からないのかもしれない。

 「……全然。無理やりなんかじゃないし、俺も……先輩と、手、繋げて嬉しかったです」