アラームをセットしようとスマホを手に取ると、画面に新着メッセージの通知があった。
 送信者は、さっき別れたばかりの先輩だった。

「またやっちまったよ……」

 あのバタバタの別れ方の直後に連絡くれるあたり、やっぱ優しいな、と思ってしまう。
 けど、同時に胸がチクリと痛んだ。

 この展開を何度繰り返したか。姉が乱入してきたとはいえ、あんな失礼な逃げ方はなかったと思う。
 先輩に反省してるのが伝わるよう、慎重に言葉を選んで文字を打つ。

【さっきはほんとごめんなさい。送ってくれて嬉しかったのに。
 うちの姉はカプ推しするとか言ってたけど、なんとか巻いたから大丈夫です】

 送信してすぐに、先輩から返事が届いた。

【うける。この際、カプ推ししてもらう?】

(カプ推ししてもらう、か……)

 スマホの画面を見つめたまま、言葉に詰まる。
 冗談だとわかってるのに、なぜか胸がざわついて、うまく笑えなかった。
 文字を打つカーソルの手が留まる。

(先輩の夢を応援するって俺は決めたよ。もちろん負担をかけたいわけじゃない、でもさ……)

 毎日メッセージでやり取りして、時々……いや結構な頻度で一緒に帰ったりしてて。手まで繋いじゃって。
 先輩はどんな気持ちで、俺と一緒にいるんだろう。どんな気持ちで、俺との距離を詰めてるんだろう。
 大好きとは言われたけど、具体的に〝付き合いたい〟とは言われていない。
 それは俺たちが男だからなのか。もしくは単に、俺をそういう対象としては見ていないからなのか。

 (考えたくないけど、俺と恋愛ごっこしてるんだったら、ちょっと傷つくかも)
 
 その日なんて返事をしたらいいか、最後まで分からなかった。
 スマホの画面を開いたまま、何度も言葉を打っては消して、結局既読スルーしてしまう。
 でも……先輩にはやっぱり会いたい。今まで通りに。
 この矛盾した気持ちの(はざま)で俺は一晩中眠れずに、漂っていた。
 翌朝、寝不足のまま登校して、一時間目の授業もまったく頭に入らない。
 休み時間になって、少し仮眠でも取ろうかと思ったそのとき、教室の扉が開いた。

 「あっ……」

 先輩が、俺の教室までやってきた。
 目立つ存在のその姿に、クラスメイトたちが一斉にざわつき始める。
 視線が集まる中、俺の机の前に立った先輩は、いつも通りのやわらかい笑みを浮かべた。

 「瑞稀、おはよ。今日、一緒に昼食べれる?」

 「えっ、それは……もちろん」

 (もちろんって、速攻で言っちゃったよ)

 少しうわずった声で答えると、先輩は安心したようにふっと息を吐いた。
 あんなに複雑だった感情が、今の笑顔で少し払拭された気がする。

 「ん、よかった。……じゃ、LINEするね」

 それだけ言って、先輩はすぐに踵を返し、教室を後にする。
 その背中を見送る俺の胸は高鳴っているけれど、わずかに残るざわつきは拭い切れなかった。