あの日から俺たちの距離は、一気に縮まった。
 時々、先輩が俺の教室まで来て一緒に下校したり、ファミレスに寄って期末テストの勉強したり……。
 先輩が勉強している姿を見るのは新鮮で、達筆文字を見て密かに惚れ惚れしたりした。
 一日一日が、楽しかった。
 好きな人の姿、仕草、行動はもちろんそうだけど。
 持ち物、手書きの文字、SNSに送ってくれるメッセージ……全部、丸ごと愛おしくなるなんて初めての経験だった。

 「瑞稀。俺、オーディション受けることに決めたから」

 先輩がそう告げたのは、学校帰り俺を家まで送ってくれている道中。
 真冬の空は日没が早く、淡いピンクのグラデーションに、既に夜空のカーテンがかかっている。

 立ち止まって先輩を見た。彼は決意がこもった熱い瞳で、俺を見つめてる。

 「正直、すげー悩んだけど……。瑞稀がこの前背中押してくれたから、少し自信持てたんだ。もう一回頑張ってみる」
 「……安心しました。全力からで応援しますから、俺」
 「いつもありがと、瑞稀。今度こそ、絶対に叶える」

 先輩は微笑んだ俺に、はっきりと伝える。
 覚悟してたんだ、こう言われるんじゃないかって。
 一緒に楽しく過ごしていても、ふと物思いに耽った顔をするときがあったから。
 きっと、まだ心の中で引っかかって、夢を諦めきれていないんだろうなって思っていた。

(俺は先輩が決めた道を応援する。少し寂しくなってしまっても、先輩の幸せを考えるようになりたい)

 「……ね、瑞稀。手、繋ご?」
 「へっ?」

 再び歩き出してすぐ、先輩は笑顔で手を差し出してくる。
 急すぎて心の準備ができておらずどぎまぎしているうちに、大きな骨ばった手が俺の手をしっかりと握った。

 「ど、どうしたんですか。急に……!」
 「寒いから。瑞稀の手あったかそうだし、いいよね?」
 「いいよねって。もう……」

 (先輩と手繋ぐのすごい久しぶり……って感じがする)

 閑静な住宅街ではあるけれど、近くに会社もあるし人がいないわけでもない。
 前から歩いて来る人も俺たちの絡んでいる手に、注目してる。
 周りからどう見られているんだろう、ってやっぱりハラハラはするけれど、それ以上に先輩が堂々と手を繋いでくれたのが嬉しい。
 オーディションを受けるって決めたあとで、少し距離を感じていたからだろうか。

 (手、繋いでると安心してくるんだな)

 今まで人と触れることに対して、さほど意味なんて考えてなかった。
 強いていうなら性欲なのかなと思っていたくらい。
 でも……違うんだな。好きな人の体温が、やわらかな肌の感触が。目に見えない心の距離を埋めてくれる。

 「あれっ、瑞稀……?」