さっきまで笑っていた先輩が、また固い表情に戻ってる。
 こんな風に心配させちゃいけないのに、俺は心の動きをコントロールできなくなってきてる。
 先輩のことを想うと、色んな感情が複雑に絡み合って、切なくなってしまうから。

 「俺、先輩のダンス思い出すと、なんだか泣きたくなる。なんだろ、かっこよすぎてかな」

 「は、何それ」

 先輩は突拍子のない俺の言葉に笑って答えた。
 でも、瞳を揺らめかせ、少しだけ赤らんでいるのは気のせいだろうか。

 「感動、して……なのかな。こんな風に思うのは初めてで、分かんない。でも、うん……やっぱり、このままは少し勿体ないって思う。もっと沢山の人に見てもらいたいって、俺は思ってます」

 「ん……ありがと」

 俺の手に置いていた先輩の指が、強く絡んできた。
 指先が重なり、じんわりと先輩の体温が伝わってくる。
 長くて、手先が器用そうな綺麗な指だ。

 「どんな選択をしても。アイドルでも、ダンスの先生でも。先輩は俺にとって恩師で、アイドルで、友達です。ずっと、先輩のこと大好きだと思う」

 素直すぎる言葉を言った自覚があるけれど、伝えないといけない気がした。
 こうやってちゃんと向き合って話せるのは、もう少ない時間だと思ったからだ。

 「おおげさ。……でも、俺も大好きなんだけど。瑞稀のこと」

〝大好き〟なんてパワーワード、今の俺には心臓に悪すぎた。
 息が止まりそうになるし、全身が火照ってくるし。思考は停止するし。
 パニックになった俺は、バッと布団の中に潜り込むと、先輩は布団ごと抱きしめてきた。

 「もし、オーディションに参加しても、こうやって遊んでくれる?」

 こもった空間の中で、先輩の優しい声がはっきりと届いた。
 こくこくと布団の中で頷くと、いっそう強く抱きしめられる。

 (先輩、マジで勘違いするから、ほんとやめて)

 ぎゅっと体を丸めながら、一向に落ち着く気配のない心臓の音を聞く。
 先輩は抱きしめる力を緩めない。むしろ、強くなっていく一方だ。

 (ねぇ、好き。めっちゃ好き。大好きだよ)

 臆病な俺は伝えられないけれど、ずっとずっと心の中で唱え続けていた。
 次第に、俺の意識はゆっくりと夢の中へ溶けていく。世界で一番安心する香りに包まれて……。

 「せ、んぱ……」

 夢の中に現れた先輩は、布団の上からじゃなくてしっかり俺の身体を抱きしめて眠っていた。