俺の驚いた顔を見て、先輩はぷっと破願する。
「え、どういうこと? 俺そんなの言ったことあったっけ?」
「だって、この前原宿行ったとき、亜嵐の友達の女の子に、彼女がいるから連絡先交換できないって……それに、教室でも女の人と親し気にしてたし」
俺の説明を聞いて、先輩はようやく全部理解したようだ。笑いながら俺の目を見つめてくる。
「うん、あれは断るときの常套句。変に期待持たせたくなかったし、あの場早く切り上げたかったんだよ。音羽と亜嵐くんの邪魔しちゃってたし」
「あぁっ。なるほど」
腑に落ちて、肩の力が抜けてくる。
あれだけショックを受けていたけれど、全部俺の勘違いだったらしい。
そう考えると、心も軽くなるのと同時に、冷えていた指先がジンと熱を持つ。
(やばい、めっちゃ嬉しい……じゃあ俺、まだ先輩のことちゃんと好きでいてもいいんだ)
口元が緩みそうになるので、必死に奥歯を噛みしめて耐える。
なるべく普通に接したい。この関係がおかしなことにならないように。
すると先輩は、突然ムニッと頬をつまんでくる。
「ひゃっ、なにふるんでふか……!」
「いや~、結構俺のこと見てくれてるんだなって。教室で学級院長と話してるとことか」
ぐっと先輩の整った顔が近づき、みるみる顔が熱くなる。
睫毛がやや伏せって、甘い眼差しが向けられてるのは気のせいだろうか。
彼は俺の頬をつまんでいるから、すでに体温が上がったことに気づいているかもしれない。
「それはそうと、あの後どうなったの? まだ会って話はしてないよね?」
頬から手を離した先輩は、固い声色で尋ねる。
視線を彼に向けると、真剣な目が、まるで心の奥まで覗き込んでくるようだった。
心配してくれているのだと、直感で分かる。
「いえ、亜嵐とはちゃんと会って話しましたよ。色々あって、結局縁を切ることになりましたけど……」
俺の言葉を聞いて、先輩は一瞬目を細める。
「だから、今日少し元気なかったの? 学校で見かけても、俺のこと避けるじゃん」
「な、なんですかそれ。ってか、気づいてたんだ」
先輩は鼻で笑うだけで、答えてくれない。でも少し目の奥が寂しそうに揺れている。
(やっちまった。先輩に気づかれないように、最善の注意を払ってたのに)
先輩は少しだけ顔を傾けて、俺の表情を伺ってくる。
「まぁ、いーや。それで俺、少し気になってたんだけどさ。受験に失敗したほかに、避けてた理由があったの? 亜嵐くんのこと」
「え……それ、どういう意味ですか?」
意味深な質問に、心臓が不穏な音を立てる。
先輩に確信に迫られそうな気がして、肩に力が入った。
「いや。あれだけ仲が良かったのに、音羽が頑なに連絡をとらないってよっぽどのことがあったのかなって……さすがに、燃え尽き症候群の症状だけじゃないんじゃないかなって」
「あぁ……はい」
やっぱり、先輩って直感が鋭い人なんだな。
人の変化にもすぐ気づくし、人の感情にも寄り添える人だから。
きっと先輩に嘘をついてごまかしたところで、見破られてしまうだろうと思う。
だけど、過去の亜嵐に対する自分の気持ちも、亜嵐が俺を想ってくれていた事実も口にするのは早すぎると思った。
まだ亜嵐と積み重ねてきた時間に、陶酔していたい……というか、しなくちゃいけない気がする。
「俺は、亜嵐のことが大好きだったから、余計に連絡できなかったです」
濁して伝える俺を、先輩はじっと見てる。
「俺たちの縁が終わったのは、気持ちのすれ違いです。お互いに今も大好き同士だけど、上手くいかないもんですね」
俺の〝好き〟の気持ちと、亜嵐の〝好き〟が違う。
だから一緒にはいられない、ただ、それだけのことなんだ。
恋愛って、時期もタイミングも全部一致してようやく成立するものだとしたら、なんて難しいのだろう。
「……それ。恋愛の話、してるみたい」
