トランプやUNOでひとしきり盛り上がったあと、ソファに沈みながら先輩がぽつりとつぶやく。
 たしかに腹も満たされて、テンションも落ち着いてきていた。俺もふと我に返り、周囲を見渡す。

 「……でも、俺たち抜けちゃっていいんですか?」

 「いいでしょ。あいつら、勝手に盛り上がってるし」

 指さした先で、美海ちゃんたちがスマホ片手にダンス動画を撮っていた。最近よく見る光景。流行ってるんだろう。

 すると、会話を聞いていた先輩のお母さんが軽く手を振って言った。

 「ふたりで休んできなさーい」

 「ほら、許可も出たし。行こ」

 廊下に出ると、一気に肌寒さを感じる。明るくにぎやかな部屋から離れると、足音と心臓の音がやけに大きく聞こえ始めた。
 さっきまであれだけ自然に話していたのに、緊張が加速する。

 「どうぞ」
 「おじゃまします」
 
 部屋の扉が開く。中からふわっと香水の匂いがして、一瞬足が止まる。
 いつも、この人から漂ってくる香り。落ち着く匂い。
 できることなら嗅いでいたい。……なんて言ったら、絶対引かれるから、言えるわけないんだけど。
 
  「眠いな……」

 先輩がベッドに腰を下ろし、隣をぽんぽんと叩く。
 言葉はなくても意味は伝わるので、俺は黙って隣に座った。

 部屋を見渡すと、想像以上に整った空間が広がっていた。
 シンプルな北欧調のインテリアで統一されていて、置いてあるものもごく少ない。クッションと机、ベッドだけで、まるでホテルの一室のようだった。

 「今日は、美海のために来てくれてありがと」

 「いや、こちらこそ。すごくフレンドリーに接してもらったし、いい子ですよね。美海ちゃん」

 「うん、だろ?」
 
 それにしても、距離が近い。少し動けば肩が触れそうだ。
 この前ふたりで原宿に行ったときは、こんなに意識しなかったのに……〝好き〟だと自覚したから、今はどうしても、先輩の一挙手一投手に心が乱れる。
 このまま緊張がバレてしまっても嫌なので、俺は空気を変えるために思い切って口を開いた。

 「……そういえば、先輩。美海ちゃんに何言ったんですか? 俺のこと」

 「え?」

 とぼけたように返事をする先輩に、わざとらしくむっとした顔を向ける。

 「美海ちゃん、俺見て可愛いとかなんとか言ってましたけど。絶対変なこと吹き込みましたよね?」

 「え、だってお前、可愛いじゃん。可愛い友達がいるって言っただけだよ、俺は」

 「は?」

 可愛いを連発されてじんと頬に熱を持つ。しかもちゃんとした理由になっていないし、意味が分からないし。

 「よ、よくわかんないですけど、可愛いとかマジでやめてくださいよ」

 「なんで?」

 「な、なんでって、なんとなく……! 俺、男だし。そーゆーのは、彼女さんに沢山言ってあげたらいいじゃないですか」

 勢いで口にしてしまった瞬間、しまったと口をつぐんだ。
 最も気になっていた事柄だったけれど、言わないように自分で気をつけてたのに。
 先輩の口から彼女の話を聞いたら、失恋が確定する。しかも絶対に傷つくって分かってる。
 だが、もう時すでに遅し。

 ゆっくりと横を向くと、先輩は一瞬きょとんとした顔をしていた。

 「お前、何言ってんの? 俺、彼女いないじゃん」

 「え?」