その場がざわつく。先輩のお母さんも俺たちと同じような反応だ。
 一番に驚いていたのは先輩で、勢いよくその場に立ち上がり、美海ちゃんに問い詰める。

 「は? 何それ、俺聞いてないけど」

 「だって勝手に送ったんだもん。言ったら、お兄ちゃん嫌がると思って」

 「いやいや、ないっしょ」

 先輩は美海ちゃんの手にある紙切れを奪い取り、困惑と驚きが混じった硬い表情で内容を見る。

 俺も恐る恐る先輩の手元に視線を送る。
 確かに先輩の名前と書類選考合格の皆様から始まる文面が続き、一次審査の会場案内が詳しく記載されていた。
 一番に驚いたのが、以前姉に見せられた【日韓合同アイドルオーディション】だったということだ。
 たしかテレビ局と韓国の芸能事務所が協賛していて、その様子をサバイバル形式で放映する大型オーディションだった。

 「お兄ちゃんが踊ってる動画と、写真をいくつか送ったの。ね、オーディション受けに行ってくれるよね!?」

 「はぁ……」

 先輩は困った様子で大きなため息をつき、黙ってしまう。

 「ねぇ、お兄ちゃんもったいないよ。このままダンスの先生になっちゃうなんて……。だって、最後のチャンスじゃん! お兄ちゃんが本気で踊ってるとこ、もう一度見たいんだよ、私は」

 「いや、お前は黙ってて」

 先輩がばっさり切ってしまったので、美海ちゃんも口を閉ざしてしまう。

 (美海ちゃんの口から、先輩の進路を聞くことになるなんて思わなかったな)

 彼の進路はもちろん俺も気になっていたけれど、なんとなく聞きづらい空気感だった。
 正直、俺も先輩が今、アイドルになることに対してどう思っているのかずっと気になっている。

 (けどこの様子だと、少し後ろ向きに考えているのかな)

 以前、不登校になった理由がそのアイドルオーディションがきっかけということもあるし無理もない。
 それもそうだし、今、この話が出たことでまた前向きになっていた心が後ろ向きになったり、当時の嫌な出来事を思い出してはいないだろうかと、心配になる。
 少し勇気がいったが、テーブルの下で先輩の服の裾をくいっと引っ張った。

 「あの、大丈夫ですか?」

 「ん、ありがと。ちょっと今は、答えだせないわ」
 
 先輩は俺に微笑みかけると、紙を自分のポケットにしまいこみ、再びケーキを口にし始めた。
 美海ちゃんもお母さんも、そんな先輩を複雑な表情で眺めている。
 まるで過去の夢を今もう一度、先輩に叶えてほしいと願っているような目だった。


 「……あー、お腹いっぱい。ちょっと昼寝しない?」