ピッと暖房のスイッチを消し、ダッフルコートの前を留めていると、突然部屋のドアが勢いよく開いた。

 「ちょっと、あんた! 私のグリークヨーグルト食べたでしょ!」

 甲高い姉の声と、俺の準備が完了したタイミングが重なる。
 
 (ったく、またかよ)
 
 呆れて振り返ると、姉が目をまんまるにして固まっていた。

 「ヨーグルトなんて知らん。てかどした。その顔」

 「ビジュが……上がってる……。気持ち悪い……!」

 「うざ。今日は遅くなるから、母さんにそう伝えといて」

 姉の横を通り過ぎ、部屋を出た。背後からひしひしと視線を感じながら玄関へと向かう。
 今日は、先輩の妹さんの誕生日会に呼ばれている。
 おしゃれな先輩の隣に並んでも恥ずかしくないように、朝から少し頑張ってみた。

 「寒っ……勘弁してくれよ」

 玄関を出た瞬間、強い北風が顔に吹きつける。
 もう十一月の下旬。気温は十度を下回り、冬の匂いが濃くなってきた。
 空気は澄んでいて気持ちがいい。だけど吐息が白く映る度に、心の奥に寂しさが募っていく。

 スマホを取り出すと、画面に先輩からのメッセージが届いていた。

 【おはよ。待ってるね、気をつけて】

 その一文だけで、体温が一度上がったような気がする。
 好きな人からの連絡って、なんでこんなに嬉しいんだろうな。
 俺はスタンプをひとつ返して、スマホをポケットにしまった。

 先輩とはこの一週間、誕生日会の連絡以外ではほとんどやり取りしていない。
 一度、学校で見かけたけれど……俺はとっさに隠れてしまった。

 亜嵐のことがあってから、先輩と普通に接することに少しだけ罪悪感があった。
 亜嵐は今頃どうしてるのかな、とか。まだ辛くないかな、とか色々考えてしまって。
 でも今日は、そんな気持ちを見せたくない。妹さんの誕生日を、楽しく祝ってあげたい。

 (いつも通りでいよう。ちゃんと、顔を上げて)

 そう自分に言い聞かせながら、先輩の家に向かって歩き出した。