北野と沢っちの制止を振り切って、俺は教室前方へ全力で突き進んだ。
 すでに黒板の前に立っている担任、林田先生のもとへ……。

 怒りと焦りにまみれた俺とは対照的に、林田先生は満面の笑みで右手を高く上げる。

 「おー、音羽くんおはよう! 先生ね、ちょうど君に話があったんだよ~」
 「奇遇ですねー、俺もちょうど先生に大事な話がありまして!」

 教壇に手を叩きつけんばかりに近づいた瞬間、林田先生は「ハイ!」と爽やかに、ひとつの物体を俺に渡してきた。

 ――真っ赤なゼッケン。

 「応援団の2年B組用のね~。あと、特別にワッペンも付けといたから! 応援してるよ」
 「……は?」

 受け取ったゼッケンには、『2-B組』というかすれたマジックの文字。
 その下には、ちょこんと『♪』のワッペンが縫い付けられている。いや、これ……。

 「音羽ってさ、かわいい苗字だなーって思ってね? ♪を見るたびに、B組全員が君を応援してるってこと、思い出してくれたら嬉しいなって!」
 「いやいやいや!」

 その笑顔の裏に隠れた悪魔の気配を感じつつ、俺はゼッケンを見つめる。
 どう見てもこの♪、俺をあざ笑ってるだろ。

 背後で、ふたり分の噴き出すような笑い声が聞こえる。

(北野、沢っち……覚えてろよ……?)

 さらに、林田先生はプリントを一枚手渡してきた。
 それは応援団スケジュール表。一か月分の予定と、選出された生徒の名前が載っている。

 男女各十五名、学年ごとに十名ずつ……その中にあった。

 七海 利久(ななみりく)
 例の王子の名前が堂々と記されている。そして俺の名前も、しれっと紛れている。

(もうガチじゃん、これ……)

 自暴自棄になりかけるが、ここで負けるのはシャクだ。俺は教壇の林田先生に食い下がる。

 「先生、俺、マジで一言も聞いてませんでしたけど!? 本人の同意なしで決定とか、これパワハラじゃないんですか!?」
 「えーっ、あーっ、うわー、そうだった!? ごめんごめん、ごめんねほんと。でも! 音羽ならちゃんとやってくれると信じてるから、ね? じゃ、朝の挨拶始めまーす!」

 そして無慈悲にも、チャイムが鳴った。

(ちょ、待って……え、これで終わり!? 俺、詰んでない!?)