――そして、放課後がやってきた。

 ブレザーの上に巻いているマフラーをきちんと巻き直す。
 励ましているのか、バカにしているのか。静かな住宅街に、カラスの大きな声が響いた。 
 空を仰ぎ見ると太陽は雲に隠れ、世界がグレーがかっている。まるで、俺の心みたいに。

 「さ、みぃ……な……」

 自宅を通り過ぎ、俺はあの日の公園へと向かう。やがて、目的地が見えてきた。

 (あぁ、楽しかったな。どれもこれも。亜嵐のこと、俺……本当に好きだった)

 部活の話、バドミントンの練習、テスト勉強。
 この公園で亜嵐と過ごした時間が、自然と胸によみがえる。
 喧嘩したことも、一緒にアイスや肉まんを食べたことも、全部覚えてる。

 思い出が一気に押し寄せて、胸がじんと熱くなってゆく。
 亜嵐は誰よりも俺を理解して、信じてくれて、励ましてくれた存在だった。
 なのに、なんでもっと早く連絡できなかったんだろう。
 なんであのとき、一言も声をかけられなかったんだろう。

 (燃え尽きていたなんて、ただの言い訳だ。結局、俺は自分のことしか見てなかった。亜嵐を傷つけただけだった)

 こんなふうに再会してからようやく気づくなんて、俺は馬鹿だ。

 「あ……」

 視線の先、ベンチに腰かけている亜嵐の姿が見えてくる。
 無意識のうちに駆け出していた俺は、そのまま彼の前で深く頭を下げた。

 「瑞稀」

 「亜嵐……本当にごめん。今までのこと、全部。俺、最低なことした」

 重たい沈黙がふたりの間に落ちる。
 北風がごうっと音を立てて吹き抜けていった。

 「どうして、そんなに俺を避けたの……? 高校落ちたのが関係あるの?」

 「……うん。それもあった。俺だけ落ちたのが、正直……恥ずかしかった」

 ようやく吐き出した本心に、少しだけ心が軽くなる。
 プライドなんかより、俺たちの関係のほうがずっと大切だったのに。
 まっすぐ顔を上げて、亜嵐を見る。
 もう、自分からも、亜嵐からも逃げたくなかった。

 「恥ずかしいって……お前はめちゃくちゃ頑張ってた。何も恥じることなんてないよ。
 それは、俺が一番よく知ってるじゃん! なんで、なんで、分かんないんだよ! 高校なんて関係なくて、ずっと……おじいちゃんになるまで、仲良くしたいって……それくらい、お前は俺にとって、大事な存在だよ」

 亜嵐の声にこもった想いに、胸の奥が強く揺さぶられる。
 俺だって、同じ気持ちを持ってた。
 でもあのときは、自分の感情に飲まれて、何も見えなかった。

 「……本当は、そうしたかった。だけど、どうしても無理だった。全部が手に負えなくなって、人と会うのも怖くなって……。そんなふうになってる自分を、お前に見せたくなかったんだ」

 「瑞稀……」

 俺の名前を呼ぶ声が、かすかに震えている。
 その顔を見つめたまま、頬を伝う涙を止められなかった。
 亜嵐の優しさに、ずっと甘えていた自分が情けない。
 この一年半、彼を苦しめた現実が悔しくて、悲しくて、たまらなかった。

 「俺、亜嵐に特別な感情を抱いてた。ずっと、好きだったんだ」

 「え……?」

 亜嵐の切れ長の目が、戸惑いに揺れる。
 ドクドクと激しい動悸の音がして、思わず喉を鳴らした。
 とうとう伝えた。今までの気持ち。

 「お前のことが好きだったから、同じ高校に進みたかった。一緒の景色を見たいって思ってた」

 何度も繰り返し、夢見た。亜嵐と過ごす高校生活を。
 でも、俺たちは離れ離れになって、互いの生活が始まった。
 亜嵐は見た目もかっこいいし、スポーツもできるし、勉強もできる。
 だから、すぐに彼女ができると思っていた。
 離れたところにいる俺は完全に部外者になり、想いだけが募って苦しかった。

 「告白する勇気もなくて、でもずっと好きで、どうしたらいいのか分からなかったんだ」

 「う、そ……だろ……」

 亜嵐は目を大きく見開き、呆然とした様子でつぶやく。
 俺の話す内容に衝撃を受けているようで、微動だにしない。

 「驚かせてごめんな。でも、俺はもう大丈夫。ちゃんと、亜嵐を友達だと思えるようになっ……」

 「俺も、瑞稀のことずっと好きだったよ」