向けられる視線から逃げるように、俺たちは廊下の突き当たり、人通りのない場所までやってきた。
 立ち止まるなり、俺は深々と頭を下げる。

 「この前は勝手に帰ってすみませんでした。楽しかったのに、雰囲気ぶち壊すようなことして……先輩まで巻き込んで、本当にごめんなさい」

 頭上で、ふっと息を吐くような笑い声がした。

 「メールでも謝ってくれたのに、わざわざ来るなんて、律儀だね」

 「それだけ、楽しかったから……」

 「俺も楽しかった。また行こうな」

 顔を上げると、先輩は優しく笑っていた。
 責めるでもなく、変わらずあたたかく迎えてくれるその姿に、胸がぎゅっと締め付けられる。
 こんな人を、どうやって好きにならずにいられるんだろう。

 「そうだ。今度、うち来ない?」

 「……え?」

 あまりに唐突で、素っ頓狂な声が出た。

 「先輩の家……ですか?」

 「うん。今度、妹の誕生日会があるんだよね。家族と妹の友達とだけでやろうって話だったのに、音羽のこと話したら会ってみたいって言い出してさ」

 「俺の話なんか、したんですか!?」

 「んー、まぁね」

 先輩の耳がほんのり赤く染まっていて、ますます混乱する。
 一体何を話したんだろう。からかわれたわけじゃないと思いたいけど、気になりすぎる。

 そのとき、チャイムが鳴った。

 「じゃ、そういうことだから。あとでLINEするな」

 「えっ、はい……あっ」

 手を振りながら教室へ戻っていく背中を、ただ見送るしかない。
 いつもと少し違うその様子が気になったけど、それ以上に〝家に誘われた〟という事実が大きすぎて、考えがまとまらない。

 「っと……俺も戻らなきゃ」

 胸の高鳴りが収まらず、身体が熱い。
 諦めようと思えば思うほど、気づかされる。
 俺は、本当にこの人が好きなんだと。

 (でも、先輩と彼女のことはちゃんと見守ろう。俺が邪魔になるような存在には、絶対なりたくない)

 先輩との関係を続けていきたい。
 亜嵐のときのように今度こそ自分で壊したくなかった。