翌日。午後の授業が始まる前の休み時間、俺は階段を駆け上がっていた。
 上り切ると、いくつもの笑い声とおしゃべりが混じり合い、耳に飛び込んでくる。漂ってくるのは、制汗スプレーの爽やかな香り。

 (A組、A組……)

 七海先輩がいるはずの教室を目指して、怖気づきそうになりながら歩みを進めた。

 (ちゃんと言うんだ、ごめんなさいって)

 昨日、先輩にはメッセージで謝った。
 けれど、やっぱりちゃんと顔を見て、直接伝えたい。

 「ねー!」

 教室の前に立っていると、突然背後から声が飛んできた。
 ビビりながら振り返ると、廊下にいた先輩グループが、揃ってこっちを見ていた。
 好奇心のこもった視線に、一瞬、息が詰まる。

 「どうしたのー? 二年生がこっちに来るなんて珍しいじゃん。何か用?」

 「あっ、えっと……七海先輩と話したくて、その……」

 「おっけー、利久ね! 呼んであげるー! 利久ー! 二年生が来てるぞー!」

 明るくて親切な先輩のおかげで、自分で声をかけずに済んだ。
 少しだけホッとしたけれど、教室の中を見た瞬間、体が固まった。

 先輩は、綺麗な女の先輩と話していたみたいだった。
 身体はそのまま彼女に向けたままで、顔だけがこっちを向いた。

 (先輩、いつも女の人と距離とってるのに……。あの人は特別なのかな)

 その女性が、この前原宿で聞いた〝彼女〟なのかもしれない。

 「……どうしたの? 珍しいじゃん」

 俺の胸のざわつきにも気づかず、先輩はいつものように笑って、こっちにやってきた。

 「えっと、この前のこと、謝りたくて来ちゃいました」

 教室の中にいる人たちの視線が、じわじわとこちらに集まってくるのがわかる。
 それもそうだろう。モブみたいな二年生が、七海先輩にわざわざ会いに来たとなれば、誰だって気になるに決まってる。

 何を言おうかと迷って言葉に詰まっていると、突然、先輩にグイッと腕を引かれた。

 「ちょっと移動しよ。俺も音羽に話したいことあったし」

 「えっ……? は、はい……」