「音羽っ……!」

 人混みをかき分けるようにして走っていった音羽の背中が、改札の向こうに吸い込まれるように消えていった。

 あいつの、あんなふうに怯えた顔を見るのは初めてだった。
 追いかけたい気持ちは山ほどあった。でも俺の顔を一度も見ずに帰ってしまったということは、きっと今は、俺にすら関わってほしくなかったんだろう。

 「あの、お兄さんは瑞稀の友達なんですか?」

 ぽつりと投げかけられた声に振り返ると、亜嵐くんが鋭い視線で俺を見ていた。

 「うん、そうだよ。先輩と後輩って感じだけど、けっこう仲良くしてる」

 そう返すと、亜嵐くんは「そうなんだ……」とつぶやきながら、スラックスのポケットからスマホを取り出した。

 「俺、中学のときから瑞稀のダチで。高校受験にあいつが失敗してから、急に距離取られるようになって。連絡も取れなくなってたんです」

 「なるほどね……」

 その話は、以前音羽から聞いたことがあった。
 高校受験に失敗したことで気力をなくして、自信も喪失して。それがきっかけで人付き合いも避けるようになった、と。

 でも。仲良かった友達と、そんなふうに一方的に縁を切ろうとするなんて、少し極端すぎるようにも思える。
 それだけ、心を閉ざしてしまっていたのか。それとも、もっと別の理由があるのか。

 「俺、本当に傷ついてて……。ちゃんと話したいと思ってるんです。今日もまた、あいついなくなっちゃったし。
 もし、あいつから俺に連絡が来なかったら……お兄さんづてにでも話せないかなって」

 「それは、全然いいよ」

 その返事をしながら、内心少し驚いていた。
 友達関係なんて、すれ違いで終わることなんてざらにある。しかも、一年半も前のことだ。
 それでも、こうしてまで関係を修復したいと思うのは、きっと音羽が、亜嵐くんにとって本当に大切な存在だったんだろう。

 「仲がこじれた理由に、思い当たることってない? どっちかが何か言っちゃったとか、逆に何も言わなかったとか」

 俺なんかが口を挟む話じゃないのかもしれない。
 でも、もし音羽が本当に亜嵐くんとの関係に苦しんでいるのだとしたら、俺は軽々しく協力なんてしていいのか分からなかった。

 亜嵐くんは奥歯をかみしめて、低く唸るように答える。

 「いや。ほんとに、受験まではずっと普通に仲良かったんです。毎日一緒に勉強して、よく家でも遊んでて。同じ高校行こうって、約束もしてたんです」

 そこまで言って、彼は黙り込んだ。
 でも、もう十分だった。大体の事情は読み取れた。

 同じ志望校を目指していて、亜嵐くんは合格し、音羽は落ちた。
 もしもふたりが本当に親友だったのなら、その事実は音羽にとってあまりに残酷だったのかもしれない。

 俺が、ミオと連絡を取れなくなったときと、どこか似ている。
 悔しさ、羨ましさ、そしてたぶん、ただ好きっていう純粋な気持ち。それが全部、こじれてぐちゃぐちゃになったんだ。

 「わかった。もし音羽から連絡が来なかったら、俺に言って。連絡先、教えるから」

 そう言って、俺は亜嵐くんに自分の番号を伝えた。
 隣では、さっきの女子たちがまだ何か騒いでいたけれど、気づかないふりをしてやりすごす。

 「じゃあ、今日は……すみませんでした。ふたりの邪魔、しちゃって」

 亜嵐くんはきちんと頭を下げて、仲間たちと一緒にその場を離れていった。
 残された俺は、正体の知れない、どこにも行き場のないもやもやを抱えたまま、原宿駅に向かって歩き出した。

【先輩、さっきはすみませんでした。今日、ほんと楽しかったです】