走ってきたのは、男女数人のグループ。亜嵐くんの友達らしい。
 見たところ、彼らも音羽と同じくらいの年齢に見える。

 ちらりと隣の音羽に目をやると、彼の大きな瞳の奥に、わずかな怯えがにじんでいた。

 「え、なにこの人! めっちゃイケメンじゃん!」
 「えっ……ちょっと待って、もしかしてアイドルとか?」

 女子ふたりが、まっすぐ俺に話しかけてくる。
 こういうのには慣れてるつもりだけど、やっぱり落ち着かないし、居心地は悪い。

 「いえ、ただの高校生だよ。この子の友達として一緒に遊んでただけ」

 そう言って隣の音羽に笑いかけると、彼も引きつった笑顔でそれに応えた。

 「そ、そうなんですね……! えっと、よかったらインスタ交換してもらえませんか?」
 「私もお願いしたいですっ!」

 完全に場が崩れてしまった。
 音羽と亜嵐くんの間にあった空気を壊してしまったことが、すごく申し訳ない。

 早くこの場を終わらせたくて、俺は作り慣れた笑顔を浮かべ、いつものセリフを口にする。

 「ごめんね。俺、彼女がいて、SNSとか一切やってないんだ。声かけてくれてありがとう」

 もちろん全部ウソだけど、こうでもしないと断りきれないこともあるし、キリがない。

 「だよね……こんなにカッコよかったら、彼女いるよね」
 「じゃ、じゃあ握手だけでも!」

 女子のひとりが手を差し出しかけたその瞬間、隣の影が動いた。

 「すみません、俺、帰ります」

 その場にいた全員の視線が、一斉に音羽に向かう。彼はうつむいたままで、表情が見えない。

 すかさず、亜嵐くんが彼の腕をつかんだ。

 「待てよ。また逃げるつもり?」

 「……違う。ただ、今は冷静に話せそうにないだけ。いきなりだったし、びっくりしてるし……でも、もう逃げたりしない。今日中にちゃんと連絡する。……亜嵐、本当にごめん」

 顔を上げた音羽の目はまっすぐで、真剣だった。
 亜嵐くんはしばらく黙ってその目を見つめていたけど、やがて力を抜いて手を離した。

 「……わかった。絶対、連絡して。もしまた逃げたら、お兄さんを通してでも連絡取るから」

 そう言って、今度は俺の方を見てきっぱりと言い切る。
 音羽は、怯えたような目で俺を見つめながら、小さくうなずいた。

 「うん、絶対する。だから……先輩は関係ない。巻き込まないでほしい」

 その言葉に、心臓が鈍く音を立てる。
 関係ない、と言われたことがショックだった。
 言葉が出ずただ音羽を見ていると、あいつは逃げるようにその場から駆け出してしまった。