今朝の一件は、平凡に生きている俺にとって、ちょっとした衝撃だった。
 まあ、学園生活を大きく変えるほどの出来事ってわけでもないけど。

 笑い声とおしゃべりでざわつく2年B組の教室に足を踏み入れ、できるだけ気配を殺して自分の席へ向かう。
 視線を浴びるのがいつの間にか得意じゃなくなった。注目されると生きた心地がしないんだよね。

 「おっはよう、音ちゃん!」
 「お。おはよう、沢っち。北野」

 いつも通り、ヒョロ眼鏡の北野と、童顔で小柄な沢っちが俺の机に寄ってくる。
 無気力で愛想もない俺に、根気強く話しかけてくれる貴重なふたりだ。

 共通点はゲーム好きってことだけ。それだけで十分だった。
 大体の会話といえば「眠い」とか「だるい」とかそんなものばかり。でも、それがいい。
 無理に盛り上がるより、そういう温度がちょうどいい。

 昨晩のレベル上げについて熱弁していたら、突然、沢っちが「あッ!」と大声を上げた。

 「どしたん、沢っち」
 「心臓に悪いって。朝飯食ってねーんだからこっちは」

 北野の文句もお構いなしに、沢っちは俺の肩を掴んでキラキラした目で訴えてきた。

 「ねぇ、国宝級イケメンの七海(ななみ)先輩が応援団に入ったってマジ!? 僕まだ見たことないから、音ちゃん、写真撮ってきてよ!」

 言ってる意味が分からなすぎて、脳が処理を拒否する。

 「応援団? 七海先輩? なんの話?」
 「えっ、もしかして聞いてないの? 音ちゃんが休んでた間に、応援団に入る人いなくてさ。林田先生が音ちゃん推薦して、決定したんだって!」

 「はあああ!? マジで!? 俺、聞いてないけど!?」

 そういえば、二週間前に夏風邪で一週間休んでた。
 その隙にそんなとんでもない爆弾が投下されてたなんて。

(応援団なんて、準備やら練習やらで鬼みたいに忙しいって噂しか聞かないのに)

 全身から血の気が引いていくのがわかる。

 (凪ぎで生きてる俺が、応援団って……。やる気もエネルギーも、何もないっつーのに)

 「抗議してくる!」

 椅子を引きずって立ち上がった俺の声は、今朝バスで金髪イケメンと会ったときより、たぶん十倍は響いていた。