「えっ、そ、そうだったんですか……」

 驚きはしたけれど、不思議と納得している自分もいて、どう反応すればいいのか分からず、中途半端な声が出た。

 先輩は一度、俺の目をじっと見つめ、それからふいっと視線を窓の外に逸らした。

 「俺が講師やってるダンススクール、結構ガチなんだよ。全国大会で優勝した子とか、アイドルデビューした子もいてさ。俺と三歳上のミオは、成績がよかったから、コーチに勧められて……韓国アイドルのオーディション、受けることになった」

 最初は迷いもあったけど、K-POPが好きだったこともあって、思い切ってチャレンジすることにしたんだと先輩は言った。

 美緒さんと一緒に三カ月間の合宿のために渡韓し、朝から晩まで休みなく練習は続き、途中で中間テストに合格しなければ、その時点で即・脱落。
 そんなサバイバルの中、先輩はなんとか最終選考まで残ったけど、その頃には体も心も限界ギリギリだったらしい。

 「でもさ、美緒と一緒に、絶対デビューしたかったんだよ。あのときの俺、もう、人生かけてた。今までで一番、しんどい時間だった」

 「先輩……」

 先輩は苦笑いを浮かべながら話していたけれど、俺は笑えなかった。

 その笑顔の裏にどれだけの悔しさがあるのか、想像できるから。

 「でさ、最終テストの前日に、俺、倒れたんだよね。もう、めっちゃダサい」

 「っ……そんなの、ダサくないです」

 「無理して出たけど、ボロボロで。結果は、当然落選。美緒は合格して、デビューした」

 そう言った先輩の目に、ほんの一瞬、影が差した気がした。
 声も、いつもの明るさとは少し違って苦しそうにかすれていた。

 きっと、それだけ必死だったんだ。
 ずっと隣で頑張ってきた人と、自分だけ違う場所に取り残される――その現実を、どれほど受け入れがたかったか。
 俺には計り知れない。でも、受験に落ちたときの、好きな人と離れ離れになったときの……。
 あの居場所を失った感覚を思い出して、少しだけ、気持ちが重なった。

 「……ごめん。なんか、変な話して」

 ふっと我に返ったように、先輩が照れたように笑う。

 「いえ。話してくれて、ありがとうございます」

 自然と頭を下げながら、俺は言葉を続けた。

 「俺、先輩の力にはなれないかもしれないけど……。話を聞くことはできますから」