「あ……ええと……」

 振り返ると、先輩が少し照れたように、でもどこかいたずらっぽく笑った。

 「あのさ、とりあえず俺、イチゴフラペチーノ飲みたいんだよねっ!」

 「へっ?」

 言葉の意味が脳に届く前に、先輩はくるりと踵を返して、すぐそばのコーヒーショップにするりと入っていった。
 まるで逃げるみたいに。そのくせ、俺がついてくることはわかってる、そんな背中だった。

 「ああ、はいはい」

 呆れたように笑いながらも、俺もそのあとを追いかける。
 ちょうど街角の広告で限定のフラペを見て、少しだけ気になってたところだった。

 店内は土曜の午後らしく、混み合っていた。
 それでもなんとか、窓際の長椅子席を並んで確保できたのは奇跡に近い。
 レジの列はとてもじゃないけど並ぶ気になれず、二人してスマホでモバイルオーダーを済ませると、ようやくほっと息がつけた。

 「さっきさ、俺に気遣って外に出してくれたんでしょ?」
 「え、あ、いや……」

 言いかけた言葉を遮るように、先輩はふっと笑った。

 「当たり。あれ以上、美緒の話……聞きたくなかったんだ」

 目は合わせないまま、先輩は窓の外の喧騒を見つめていた。
 その横顔は、さっきまでの明るさとは違って、少し寂しげで。
 俺まで悲しい気持ちになる。

 「よかったら、理由、聞いてもいいですか?」

 その一言に、先輩の肩がわずかに動いた。

 思い切ったつもりだったけど、やっぱり踏み込みすぎたかもしれない。
 でも、先輩のことをちゃんと知りたかった。今のこの空気を、誤魔化したくなかった。
 先輩が辛い思いをしているなら、少しでも力になりたいと思う。

 「音羽には話せそうな気がする。ちょっと待って」

 深く、ひとつ息をつくと、先輩はようやく俺のほうをまっすぐ見る。
 どこか決意を固めたような瞳に、緊張が走った。

 「俺、本気で韓国アイドルを目指してた時期があったんだ。美緒と一緒に」