「あ、やっぱり気づいてましたよね……」

 顔が熱くなって、思わず目を逸らす。

 (うわ……やっぱ俺の声、でかかったよな……!)

 先輩に話しかけられたのは、リレーが終わった直後。応援団本番を前に、テントで待機していたときだった。
 俺は普通の体操服。だけど隣の先輩は、学校の伝統である長ランを羽織っていていた。さっきまで王子様っぽかったのに、今はまるで侍みたいな凛々しさだ。

 一日に何回人の心をかき乱せば気が済むんだ、この人は。
 ちょっとだけ恨めしく、ちらりと横目で先輩を見た。

 「さっきのリレーさ。……音羽の声でスイッチ入ったから、俺」

 「……え?」

 「お前の前じゃ、かっこつけたくなるんだよ」

 胸の奥が、じわりと溶ける。
 その意味を確かめようとしたけれど、タイミングを遮るように、ドンドンドンッ!と和太鼓の音が鳴り響いた。演技の始まりを告げる合図だ。

 団長の呼びかけで、自然と大きな円陣を作る。

 「よっしゃ! 紅組、気合入れていくぞーーー!」

 「おーーーー!!」

 最初はバラバラだった学年ごとの集まりが、今はひとつの輪になっていた。練習中、何度もぶつかり合って、それでも諦めずに進んできた。
 心がひとつになった今の掛け声は、どんな音楽よりも力強く響いている気がする。

 (あぁ……この数カ月、本当にがんばったよな。みんな)

 気合を入れたあとは、不思議なほど緊張がどこかに吹き飛んでいた。

 「全力でいって。音羽」

 「はい! 先輩も……頑張ってください!」

 グータッチを交わす。
 先輩は笑って、俺の前を歩いていった。
 三年生は特別な演目として、伝統の歌を披露するために、俺たちよりも先にテントを出る決まりなのだ。

 (先輩にとって、今日が……いい思い出になるといいな)

 背中を見送るそのとき、胸の奥がじんとした。
 先輩の過去を俺は知らない。でも、あんなに思いやりがあって、明るくて、誰からも好かれる人が不登校だったなんて、きっと簡単なことじゃない。

 俺と先輩は……友達だ。

 もし、今日で終わりじゃないなら。いつか、何も隠さず話してくれる日が来るのかな。
 そんな図々しい期待を抱いてしまう。

 (先輩の明るくないところも、俺には見せてくれたらいいのに。俺がしてもらったことは、一生かけても返せないくらい、でかいことだったから)

 そして、ついに俺の出番。

 一年生と二年生が三年生と合流し、全員で『アオハル』を踊る。
 先輩が「自信をもって踊るだけだ」って言ってくれた言葉を胸に、俺は全力で振り切った。

 目の前にいるクラスメイトの視線は、全く怖くない。

 (見てろよ、俺、めっちゃ頑張ったんだからな!)

 林田先生が、満面の笑みで手拍子を送ってくれているのが目に入った。
 赤いゼッケンと、その上に縫い付けられた彼の手作りのワッペンが揺れている。
 まるでそれすら一緒に踊ってくれているみたいだった。

 「すごーい、音羽! めっちゃ踊れてる!」
 「がんばれー!」

 応援の声も、全部届いてくる。
 先輩と積み重ねてきた時間が、俺をここまで動かしてくれてるんだ。
 自信なんて一ミリもなかった俺が、自信満々で踊れるなんて今だって信じられない。でも、現実で起きてる。
 最後まで、力いっぱい、笑顔で踊り切った。

 踊り終えた瞬間、足が止まり、息が上がった。

 汗がつーっと額を流れ、地面にぽたりと落ちる。
 心臓はまだバクバクしたまま。髪だって汗でびちょびちょ。
 
(折角先輩にかっこよくしてもらったのに残念だなぁ)
 
 でも……やり切ったよ、俺。すごく、いい気分だ。
 再びドンドンドンッ!という演目の終わりを示す太鼓の音がグラウンドに響き、応援団は一斉に撤退した。

 「音羽、よかったよ」