声には出さない。けれど、心の中で先輩の勝利を強く願っていた。
 ランカーたちがスタートラインに並ぶ。パンッとピストルの音が響き、一斉に飛び出した。

 会場中に大きな声援が響き渡る中、三組の熾烈なデッドヒートが展開される。
 高校生活最後の体育祭ということもあってか、皆いつも以上に気合が入っていた。ランナーたちはどれも運動部の主力級。

 (その中に七海先輩が混じって大丈夫なのかな)
 
  ダンス講師をやっているとはいえ、毎日運動部並みに走り込みしているようには見えない。
  そもそも使う筋肉も違う気がするし、先輩はどちらかと言えば細身で、舞うような動きが似合う人だ。
 スタートラインに立った彼が、前を走っていたクラスメイトからバトンを受け取り、走り出す。
 このコースだと、俺の目の前を通り過ぎることになりそうだ。

 すでに先輩より前を走る二人の選手がいて、距離もやや開いていた。
 これは厳しいか……そう思った、次の瞬間。
 先輩が、信じられないスピードで前の選手に迫っていった。走る姿が、まるで踊るように軽やかで、それでいて一切ブレがない。
 固唾を飲んで見守っていた生徒の歓声が、一段と大きくなる。

 「先輩! 頑張れーーーーー!」
 先輩が自分の目の前を駆け抜ける瞬間、びっくりするほど大きな声が、自分の口から飛び出す。けれど、それは俺だけじゃなかった。
 クラスメイトたちの声も、次々と続く。まるで火が点いたみたいだ。
 先輩が、ほんの一瞬だけ俺の方を見た気がしたけれど、すぐに前を向いた。
 先輩はトップを走る選手に食らいつき、そして、次の走者へとバトンをつなぐ。
 その瞬間を見届けたとき、思わず「よっしゃぁ」と叫んでしまった。
 七海先輩の健闘もあって、彼のクラスは見事トップでゴールを果たした。

 「いやぁ、愛を感じますなぁ」
 隣の沢っちが俺をニヤニヤして見ていたが、図星を突かれたような気がして上手く反応できない。

 (俺、何してんだ。ずっと先輩のことばっか考えて……)
 胸の奥がぎゅうっと締めつけられてる。
 悔しさでも、劣等感でもない……もっと、よくわからない痛み。
 でも、ただひとつ言えるのは、俺が今、先輩のことを強く想いすぎてるってことだ。

 「さっきは、熱い声援ありがと。音羽」