真顔でそう言い放った先輩は、俺の腕を無言で引っ張り、いつの間にか用意されていた椅子に強引に座らせた。
 次の瞬間には、バッグから手鏡、ヘアアイロン、ワックス、ヘアスプレー──なんか美容師みたいな道具が、無造作に机の上へと並べられていく。

 「な、何してるんですか……?」
 「見りゃわかるでしょ。素材はいいのに、放置プレイは罪。体育祭仕様にアプデしてあげる」

 アプデて……。
 なんとなく、俺をイメチェンさせる気なんだろうなとは察しがついたけど、モブな俺がどうこうなるとは到底思えない。
 不安が顔に出てたのか、先輩は小さく笑いながら、俺の背後に回った。

 櫛が髪をとらえ、絡まりを丁寧にほぐされていく。
 ……なんだこれ、手慣れてる。姉が最近ごねて父親に買わせた、あのマイナスイオンの高級ブラシと手触りが一緒だ。
 なんでそんなの持ってんだよ。ていうか、どんだけ美意識高いんだ、この人。

 「前髪、巻いていい?」
 「え、あ、はい……」
 「よろしい」

 ホットアイロンがジュッと音を立て、毛先がふわりと浮かび上がる。
 二ヶ月前、姉の勧めでツーブロックにしたはいいものの、そのまま伸び放題で、最近は寝癖と戦うことすら放棄してた。
 なのに、先輩の手にかかると、妙にシュッとした感じになる。すっきりして、軽い。前髪が上がって、顔の輪郭があらわになった。なんとなく、小顔っぽく見えるのは錯覚か?

 最後にスプレーで固められ、手鏡が差し出された。

 「うわ、俺?」

 思わず声が漏れた。
 自分のことなのに、見慣れない。けど変な感じじゃない。むしろ、今どきの高校生感がある。……ちょっとイケてる、かも。
 嬉しさと照れがせめぎ合ってると、鏡の隅に、満足げな先輩の顔が映り込んだ。

 「うん。やっぱり、整ってるんだよ、顔。無駄にすんなって」
 「いやいや、それは言いすぎですって」
 「本気だよ。……ね、」

 ふいに肩を引かれて、ぐっと距離が縮まる。
 気づけば先輩の顔が、すぐそこ。息がかかる。近い。めちゃくちゃ近い。

 「せ、先輩っ!?」
 「やっぱ、ファンデもコンシーラーもいらない。肌、すごく綺麗」

 そんな至近距離で言わないでください。
 視線が肌をなぞるたび、心臓の音が変なテンポを刻み出す。

 「そ、それは先輩のほうが……!」
 「俺? めっちゃ塗ってるけど。肌、素で勝ってる君のほうがずるい」
 「ず、ずるいって」

 さらっと言いのけるくせに、こっちは直撃でダメージ受けてるんですけど。

 「ねぇ。せっかくだし、お揃いにしない?」
 「えっ、え?」