先輩がチャリから降りるのを確認して、俺もペダルから足を外す。
 後ろを振り返るが、もう誰も追ってくる気配はなかった。
 中谷先生は、見逃してくれたらしい。

 「ふぅ……疲れたぁ」

 チャリを適当に停めて、いつものベンチにドサッと腰を下ろす。すぐ七海先輩も隣に座った。

 「青春できて、嬉しかったよ。俺のために、色々考えてくれてありがと」

 穏やかな声でそう言って、先輩が目を細めて笑う。
 その笑顔が、子どもみたいに無邪気で、いつまでも眺めていたい気持ちになった。

(……ってなに考えてんだ。俺)

 自分で自分にツッコミを入れたくなるけど、仕方ない。だって、ほんとに可愛いんだから。

 「いえ、先輩が喜んでくれるのが、何よりですから」

 自覚のあるセリフに照れくさい。上手く笑えた自信もないけれど、先輩はそんな俺の頬をむにっとつまんできた。

 「体育祭が終わってもさ、友達でいような。……いいだろ?」
 「えっ……いいんですか!」

 まさか先輩から言ってくれるなんて思わなくて、嬉しさで声が上擦る。

 「当たり前」

 そう言って笑った先輩は、つまんだ頬をちょっと引っ張って、「……旨そうなほっぺだよな」なんて冗談みたいに言った。

 「どういう意味ですか、それ……」

 問い返しても、先輩は何も答えず、ただ手を離して、ふっと目を細めて俺を見た。

 透き通るような瞳に見つめられて、息が詰まりそうになる。
 呼吸が浅くなって、何か言わなきゃと思うのに、言葉が出てこない。

(……せ、先輩……?)

 すると先輩が「帰ろ」とぽつりとこぼし、不思議な空気が一気に吹き飛んだ。

(あ、なんか……歌ってるし)

 ハンドルを押しながら歩く先輩の背中を、少しだけ後ろから見つめる。
 鼻歌まじりで上機嫌なその様子に、つい笑みがこぼれる。

 先輩が、あの二ケツを喜んでくれて。それに、これからも「友達でいよう」って、言ってくれた。
 なんだか、夢みたいだった。
 だって先輩は、俺の憧れの人だから。