先輩にも自分にも言い聞かせるようにして、思い切りペダルを踏み込んだ。
 スピードが乗ってくると、ようやく自転車が安定して走り出す。

 ぎゃーぎゃー騒ぎながら、俺は青春ぽいな……なんて思ってた。
 風が頬をなでる。すぐ背後から伝わる体温と、ふわりと香る少し大人びた匂い。
 そのすべてが、俺の意識をやさしく包んでくる。

(身を預けてくれてるんだって思うとさ……もう、絶対に倒れらんないわけよ)

「音羽ー? どっちかっつーと逆だよね、役割。俺が漕ぐ側じゃない? 大丈夫ー?」

「ええ、ご心配なく!」

 背後から聞こえる楽しげな声に、自然と笑みがこぼれた。
 先輩が、笑ってくれてる。もうそれだけで、報われた気分だ。
 体育館前を通過すると、ボールを弾ませる音が響く。
 遅くまで頑張る部活生たちを横目に、自転車は順調に進んでいく。
 でも、先輩はそれ以上何も言わず、ただ静かに俺の腰を抱いていた。

 その沈黙が、なぜか心地よかった。
 俺だけじゃなく、先輩もたぶん、風に吹かれるこの一瞬を感じてくれている気がして。

 グラウンドに出たところで、ちょうど太陽が山の向こうへ沈んでいく。

「……綺麗だな」

 ぽつりと、先輩が呟いたのを聞いたとき。

「おーい!! こんなとこで何をやっとるーーーーーッ!!!」

 怒声が空気を裂く。一瞬振り返ると、体育教師・中谷が鬼の形相で陸上部の横から走ってくる。

「やばっ……!」

 瞬時にペダルを踏み込み、タクシードライバーばりの急発進。
 校舎をぐるっと回り込むようにカーブすると、背中に回された先輩の腕がぎゅっと強くなる。

「うおッ!? 怖ええ!」

「すいません、しっかり掴まってくださいッ!」

 中庭の出発地点まで戻ると、足場の悪い砂利にタイヤが取られガタガタと揺れる。
 それでもブレーキをかけて、ようやく停止。
 次の瞬間、背中に先輩の体がどんっと倒れかかってくる。
 慌てて振り返ると、先輩はクスクスと笑っていた。

「結構度胸あるよな、音羽って」

「そうですか……?」

 胸の鼓動がうるさいくらい響いていたけれど、少しだけ誇らしい気持ちだった。