「やりたいこと?」
「はい、こっちです」

 驚いたように目を見開く七海先輩の腕を引いて、歩き出す。
 向かうのは、中庭の大きな木の下。校舎を挟んだ反対側だ。
 さっき先輩と待ち合わせする前に、自転車置き場から俺の年季モノのチャリを、こっそりここまで移動させておいた。

 いつもはバス通学だけど、今日はこの時のために片道四十分、汗だくになりながら漕いできた。

「この一か月、俺にダンスを教えてくれて、本当にありがとうございました」
「いえいえ、どういたしまして」

 先輩は俺の自転車をじっと見つめている。

「で……先輩にお礼がしたくて、色々考えたんですけど。これが一番いいんじゃないかって」
「……んーと、どういう意味か全然分からないです」
「二ケツしましょう。俺と」
「は?」

 素っ頓狂な声を上げる先輩。そりゃそうだ。
 でも、ここまで来たら後には引けない。俺は必死で先輩の目を見つめる。

「先輩、前に言ってたじゃないですか。青春っぽいこと、あまりできなかったって。だったら、自転車の二人乗りって、めっちゃ青春っぽいと思って。……これが、俺からのお礼です」

 沈黙が流れる。やっちまったかも、と思ったその時。

「――ぷっ……はははっ!」

 先輩は吹き出して、笑い始めた。
 最初はくすくす、そしてしまいには腹を抱え涙が出るほど。
 ちょっと思ってた反応とは違ったけど、ダメではなさそうだ。

「乗ってくれますか。後ろ」

 チャリのサドルをまたぎながら、恥ずかしさをごまかすように振り返ると、
 先輩はまだ肩を震わせながらも、ちょこんと後ろに座った。

 腰に長い腕が回って、少しだけ身体が跳ねる。

 (やべ、近い)

 普段は見上げる存在の先輩が、今は俺のすぐ後ろ。
 座高の分少し低くて、なんだか新鮮で……可愛い、かもしれない。

「じゃー、思い出作って。楽しみ」

「任せてください。……あ、でも先生に見つかったら強制終了です」

 道路には出られないから、校舎の周りをぐるっと回るつもりだった。
 正直、これが名案かどうかはわからない。むしろ、めちゃくちゃ注目を浴びそうで怖い。

 でも俺は、先輩に青春を感じてほしかった。ただ、それだけだ。

「音羽、生活指導という名の地獄には、道連れってこと?」

「ええ、すみませんが……覚悟してください」

 軽口を交わしながら、ゆっくりとペダルに足をかける。

 先輩は細身だけれど、身長はある。だから後ろに乗っけて走るのは、想像以上にバランスが難しい。
 最初の一踏み目で、車体がふらついた。

「うぉっ!? バランス感覚どうなってんの、音羽さんっ」

「今、今! 調整中です。しっかり掴まっててください、落ちても責任持てませんよっ!」