俺の言葉に、先輩はふと動きを止めた。
 その表情が少しだけ強張っていて、なんだか胸がざわつく。

(……先輩、大丈夫?)

 「うん、やっぱりダンスかっこいいし。教室でも流れてるし、自然と聴くようになってさ」

 「なるほど、確かにそうですね」

 先輩の言葉に、思わず頷く。
 韓国のアイドルって、あんまり詳しくはないけど、すごく難しそうな振り付けを笑顔でこなしてて、ラップも洋楽っぽいフレーズもあって……。全部ちゃんと魅せてくるから、本当にすごいと思う。

 だから、俺は素直に言った。

 「先輩も、絶対アイドルなれますよ。めっちゃかっこいいし、ダンスも上手だし!」

 心からそう思ったのに。
 なのに先輩は、急に立ち上がって、俺の顔を見ないまま、首を横に振った。

 「俺には無理だよ。あれは……レベル高すぎるから。――さ、練習始めよっか」

 「あ、はいっ」

 先輩の声がちょっとだけ冷たく感じたのは気のせいだろうか。
 どこかぎこちなくて、普段の先輩らしくなかった。

 でも、振り返った先輩の顔には、いつもの優しい笑顔が戻っていた。

 「今日、楽しみにしてたんだよ。動画で見たけど、めちゃくちゃ良くなってたし」

 「そ、そうですか……。ご期待に添えたらいいんですけど……。頑張ります!」

 「うん、頼んだよ」

 昨日まであんなに「今回は自信あるかも!」なんて思ってたくせに、いざ目の前に先輩がいると、緊張で膝がガクガクしてくる。
 いや、これ毎回のことなんだけど。さすがに慣れたと思ってたのに。

(先輩の前だけでこれって……本番、俺、生きて帰れるかな……)

 「んじゃ、いくね」

 先輩のスマホから、応援団のダンス曲が流れ出す。
 俺は先輩と向かい合うように立ち、深呼吸して、踊り始めた。

 先輩はベンチに腰を下ろし、真剣なまなざしで俺を見つめている。微動だにしないその姿に、余計な言葉は要らないと感じた。

 音楽に合わせて、自然と体が動く。
 あれだけ繰り返した振り付けが、まるで自分のものになっていた。頭で考えずとも、体が勝手に覚えている感覚。

 初めてだった。踊っていて、心から楽しいと思えたのは。
 ちゃんと、先輩の顔を見る余裕もある。
 その瞳の奥にある期待に応えたい気持ちで、自分の全力をぶつけていった。