翌日。すべての授業を終えて、いつもの中庭に向かう。七海先輩とダンスの練習をする、俺のお気に入りの場所だ。

 昨日まで草ぼうぼうで正直ちょっと荒れ果ててたのに、今日は別世界みたいに綺麗になっていた。業者の人が手入れしてくれたのか、芝はきっちり刈られ、空気まで澄んでいる気がする。

 そんな中庭のベンチに、またひときわ目を引くビジュアルの先輩が座っていた。
 耳にはワイヤレスイヤホン。目を閉じて、日向ぼっこ中で俺に気づいていないみたいだ。
 
 (ちょっと眠そうだな、先輩)
 
 応援団の三年生は、二年とは比べ物にならないくらいの練習量だし、先輩はバイトもしてるって聞いてる。
 そんな忙しい中、わざわざ俺の練習に時間を使ってくれてるなんて、ほんと、いい人すぎる。
 だからこそ今日の〝計画〟は、絶対に成功させたい。

 「わっ!」
 「うぉっ!?」

 ちょっとだけ、いたずら心をくすぐられて。
 息を潜めて先輩の背後に回り、いきなり肩をトンッと叩いてみた。

 先輩はびっくりして飛び起き、いきなり腕を回してグイッと引き寄せてきた。

 その勢いで、顔が先輩の胸元に顔を埋める。ゼロ距離になって心臓が激しく動き出した。

 花とミントを混ぜたような、すごくいい匂いが鼻腔をくすぐってきて、もっと嗅いでいたいなんて変態的なことを考える。
 うまく言えないけど、都会の大人の香りって感じだ。

 「君、自分の立場わかってる?」
 「はい。先輩が師匠で、俺は弟子です」
 「だよね? 舐めたマネはダメだよ音羽くん」

 口調は強めなのに、その顔はめちゃくちゃ優しかった。
 俺を見つめるその眼差しには、今まで一緒に過ごした時間の分だけ、あたたかさが滲んでて。なんか、飼い猫を可愛がるみたいな。そんな甘さも混じってた。

 体温が一気に上昇していくのが分かる。しかも、ちょっとだけこうしていたいという、やましい気持ちまで湧き起こる。

(いや、俺おかしいのわかってるけど! これは誰でもそうなるよ!? だって、ほんとに芸能人みたいにカッコいいんだってば!)

 と、心の中で誰に対して弁解をしているのか不明なまま自ら距離を取った。

 「あはは、すみません。ところで先輩、何聴いてたんですか?」
 「あー、うん。ISSEE(イッシュー)ってボーイズグループの新曲」
 「えっ、ISSEEですか? 俺、知ってるかもです」

 先輩がちょっと驚いた顔をして、片耳のイヤホンを外すと、俺の右耳にそっと装着してくる。
 イヤホンからは、聴き慣れたダンスナンバーが流れてきた。
 うちの姉がずっと大声で歌ってるから、もうサビなんてお手の物。
 ノリで軽く口ずさんでると、先輩がふっと顔をほころばす。

 「意外。音羽、そういうの聴くタイプじゃなさそうなのに」
 「いやいや、別に嫌いってわけじゃないです。姉がガチオタで、毎日流れてくるから覚えちゃって。でも先輩のほうこそ、意外ですよ。アイドルグループとか聴くんだなって」