【どうしたの?】

 何気なく送ったメッセージに、少し間を置いて返ってきた返信は、想像よりも慎重なものだった。

 【すみません、できたら明日直接話したいです】

 (……直接?)

 画面を見つめる指先が止まる。
 メッセージで済ませられないことって、だいたいちゃんとした話だ。
 内容まではわからないけれど、音羽があえてそう伝えてくるのは、きっとそれなりに大事なことなのだろう。

 でも不思議と、構えるような緊張はなかった。
 どんな話でも聞こうと思えた。
 すぐに「いいよ」とだけ返し、スマホを伏せる。

 (……にしても俺、やっぱアイツにはだいぶ甘いな)

 妹が小さい頃から面倒を見てきたこともあって、人の世話を焼くことには慣れてるつもりだ。
 ダンススクールの生徒に対しても、つい世話を焼いてしまうのはその延長線上だ。
 でも、音羽に対してのそれは、少し違う気がしていた。

 たとえば、夜遅くても動画を確認してアドバイスを送ったり。
 質問が来れば、面倒に感じるどころか、むしろ「よく気づいたな」と感心したり。
 言葉の端に見える小さな変化を、気づけば勝手に気にしていたり。
 別に〝仲良くなりたい〟とか〝特別な関係になりたい〟とか、そういう意識はない……はずなんだけど。
 ただ、気になる存在。それだけで、割といろんなことに目が向く。

 (なんか変なやつなんだよ、ほんと)

 一見抜けてて、でも芯のところでは譲らなくて、決めたらひたむきに頑張る。
 天然っぽいのに、言葉の選び方に時々クスッとか、ドキッとかさせられるようなことがある。
 目がまるくて、感情がすぐに表に出て、見ていて飽きない。
 あと、肌が超綺麗。
 ……気づけば、観察するみたいにあいつを見てるな、俺。

 (ま、体育祭が終わってもたぶん何かと絡むだろ)

 そんなふうに、軽く思えてしまうのも、どこか自然で。
 この関係が終わるなんて、あまり想像ができない。

 「お兄ちゃーん! お母さんが夕飯あっためてくれたよー! 早く来て〜!」

 階段の向こうから妹・美海(みう)の声が飛んできて、我に返る。
 どうやら部屋までわざわざ呼びに来てくれたらしい。

 「おっけー。今行くから」

 スマホをポケットにしまいながら、自分の頬がゆるんでいるのに気づく。
 何がそんなに嬉しいんだよ、と自分にツッコミを入れつつ、でも悪い気はしない。
 明日、音羽に会う。それだけのことが、なんだかちょっと楽しみだ。

 (……ん、ま、放っておけない後輩ってだけ、だよな)

 心の中で小さく呟いて、階段を下りる。
 言葉にしてしまえば単純な関係に聞こえるけれど、本当は違うってことは分かる。
 でもその輪郭に名前をつけれるほど、俺は大人じゃない。