鬼の形相の姉が俺を見下ろしていて、現実に引き戻された。
 ……いつの間に帰ってきたんだよ。
 門限の二十二時なんてとっくに過ぎてるし、父ちゃんは案の定ふて寝してた。
 けど、それより何より姉の目が怖ぇ。

 「なんだよ、ちゃんとノックくらいしろって」

 「ノックとかマジでどうでもいいから。あんたの足音うるさすぎて、ヒス起こしそうだったんだけど」

 「いや、もう起こしてんじゃん」

 腹筋で勢いよく上体を起こす。
 さっきまであんなに気持ちよく寝転がってたのに、一瞬で体が重くなった。
 プラス三トンくらい。それくらい、姉の金切り声は俺のHPを削ってくる。

 「で、何やってたわけ?」

 「んー……体育祭のダンスの練習。応援団になったんだよ」

 「う、噓でしょ……?」

 俺とダンスがまったく結びつかないのか、姉は込み上げる笑いを必死で堪えている。その顔がうっとうしくなって無視して立ち上がると、急に腕を掴まれた。

 「え、見たい。私K-POP好きなの知ってるでしょ? ねぇ、お願い!」

 「はぁ!? 絶対ヤダ」

 「千円あげるからお願い!」

 「……仕方ねぇな」

 千円――それはバイト一時間に匹敵する大金。
 姉の前で踊るとか正直ムカつくけど、その額を前にすると俺のプライドなんて砂粒以下だった。

 めちゃくちゃ億劫な気持ちを引きずりながらも、定位置に立つ。
 スマホで音楽を流し、リズムに身を委ねる。いつもの手順だ。

 俺の前で三角座りする姉は、子どもみたいに目を輝かせ俺を見上げている。
 恥ずかしさはある。けれど、本番まであと数日だ。ここで一回、客前で踊るのも悪くない。

 頭の中では、七海先輩の顔がチラついていた。
 最近、直接ダンスを見せていない。少しでも上達してたらいいのだが。
 「先輩のおかげで、ここまで来れました」って、言えたら最高すぎる。

 だってこの二週間、先輩は物凄く忙しいのに、どんくさい俺を見捨てず、ずっと傍にいてくれて、励ましてくれて、導いてくれた。
 本当に、俺にとっての恩人だ。
 ――そんな想いを込めて、踊り終えたとき。

 「ちょ、すごくない? めっちゃ踊れてんじゃん!」