急にこんな重たいことを話して、七海先輩を困らせてしまう。頭ではわかっていたのに、口が勝手に動いていた。

 「俺、自分は何をやってもダメだって……ずっと思ってるんです。高校受験に失敗してから……。中学のときは、部活も勉強もそれなりに楽しくて、不安なんて感じたことなかったのに」

 受験に落ちて、描いていた未来が音を立てて崩れた。
 新しい学校生活が始まっても気持ちの切り替えができなくて、ずっと過去を引きずっている。
 一年半の間に、少しずつ、自分を嫌いになっていった。

 話し終えた途端、我に返る。顔がカッと熱くなり、思わず目を伏せた。

 「すみません、ダンスと全然関係ない話を……」
 「いや。俺も、そういう気持ちになったことあるから。音羽の気持ち、わかるよ」

 「え……?」

 誰よりも輝いていて、完璧に見えるこの人が?
 驚きで声が漏れた俺に、七海先輩は少し照れたように笑う。

 「俺も音羽と同じ。大きな挫折を経験してさ、全部が嫌になって……。学校行く気にもならなくて、不登校になったんだ。修学旅行も行けなかったんだよ? なかなかやばいでしょ?」

 あまりに意外すぎて、言葉を失う。
 そんな俺を見て、先輩はくすっと笑った。

 「でもさ、仲のいいやつらがキラキラ活躍してるのを見て、悔しくなった。時間だけが過ぎて、暗い部屋で何もせずにいるのがもったいなく感じた。……だから、学校で何か思い出を作りたくて、応援団に入ってみたんだ」

 「そう……だったんですか」

 七海先輩にも、俺と同じような闇があったなんて信じられなかった。
 それでも、彼はそれを乗り越えて、今こうして誰よりも明るく、強く、前を向いている。
 その姿に、ただただ尊敬の念が湧いた。

 「音羽、全部できなくていいんだよ。少しずつ、できることを増やしていけばいい」

 先輩はもう笑っていなかった。真剣な表情で、まっすぐ俺の目を見てくる。

 「人それぞれ、成長するスピードは違う。できないことがあるのも、立派な個性だよ。そのうえで、音羽が本気で応援団のダンスに向き合いたいって思うなら、俺は、全力でサポートする」

 「七海先輩」

 心が、激しく揺さぶられた。
 高校に入ってから、自分を信じて何かに挑もうなんて思ったことは一度もなかった。
 でも今、七海先輩の言葉に背中を押されて、あれほど嫌だったダンスにすら、挑みたいと思えている自分がいる。

 「じ、時間……すごくかかるかもしれません。それでも、大丈夫ですか?」

 「うん、全然平気。そういう子、何人も見てきたし、俺も慣れてるから。……実はさ、バイトでダンススクールの講師やってるんだ」

 「えぇ……」

 またしても知らない一面を知らされ、頭が追いつかない。

 (どうりで、あんなに上手だったわけだ……)

 振付を覚えるのも、踊る姿も、素人のそれじゃなかった。

 「ビシビシ鍛えるからな。ついてこいよ?」

 七海先輩は突然、肩をバシッと叩いてくる。力強く、でも優しさを含んだ一発だった。
 自分を変えたい。この困難を、乗り越えたい。
 真っ赤な夕陽がジリジリと肌も心も焦がしてゆく。

 「……先輩。頑張りますので、ご指導、よろしくお願いします」

 腹が決まった。まっすぐに彼の、澄んだ栗色の瞳を見つめる。
 すると先輩は、またムニッと頬をつねって、今度は大人びた優しい笑みを浮かべた。

 「ん、頑張ろうな、一緒に」

 不意に笑顔を受け止めたせいか、胸がむずむずする。照れて、つい視線を逸らしてしまった。

 今さらだけど、七海先輩って、国宝級の顔面偏差値してるんだよな……。
 それに比例して、色んな弊害もあるわけで。
 他人の嫉妬とか、自分の動揺とか……色々、そう、色々と。

 でも。そんな気持ちも全部、一度決めた目標を達成するために、ひとまず心の隅へ追いやった。