硬い声の主に視線を向けた瞬間、息が止まりそうになった。
そこに立っていたのは、遠くからいつも眺めていた、七海先輩だったからだ。
心臓が遅れてドクドクと脈打つ。早く、強く。
(なんで? どうして、七海先輩がここに?)
「だってこの子、ちゃんと練習してな……」
「うん、分かった。俺が音羽の面倒見るから。杉山たちは続きをしてていいよ」
団長の言葉を、七海先輩は容赦なく遮った。
普段は誰に対しても穏やかで優しい彼が、今は見たこともないほど険しい顔をしている。
下手をすれば、先輩方同士で衝突が起きそうな緊迫した空気。
原因は、まぎれもなく俺だった。申し訳なさと驚き、そして戸惑いが胸を埋め尽くす。
「よし。音羽、一緒に来て」
「は、はい……」
七海先輩と団長の間にどうやら決着がついたらしい。
言われるがまま列を抜け、早足で教室を後にする。
背後に残る喧騒が遠のいていくにつれ、ようやく肩の力が抜けた。
渡り廊下を進み、冷たい風が俺たちの間をすり抜けていく。
雑草の中を通って辿り着いたのは、誰も座らないような古びたベンチ。
七海先輩はそこに腰を下ろし、隣を軽くポンポンと叩いた。
「ここ、お座り」
「は、はい、失礼します」
おどけた口調に少し拍子抜けしながらも、言われた通りに座る。
するとすぐ隣から、ふっと笑うような息が漏れた。
「音羽、ボスたちにだいぶ詰められてたね。大丈夫? 心の方は」
「え、あぁ……シンプルに病みまくってます」
正直に答えると、七海先輩は盛大に吹き出した。
「音羽ってば、目が離せないんだよな。バスの時も、今回のことも」
「あ……その節はすみませんでした」
そう、あのバスの時も、七海先輩が起こしてくれなかったら寝過ごして登校できなかった。
俺はあの出来事を今でもはっきり覚えているけれど、先輩はきっと忘れていると思っていた。
ちんけでどんくさい俺のことなんて、記憶の片隅にも残っていないと思ってた。
なのに、名前まで知っていてくれて、しかも気にかけてくれていた。
それだけで、心がじわっと温かくなった。
「俺が助けてやるから、安心してよ」
突然向けられたその笑顔が、あまりに眩しくて、心臓が跳ね上がる。
優しい眼差しと、包み込むような声。
胸の奥が熱くなって、少し言葉に詰まってしまう。
(もしかして、ダンスを教えてくれるって意味?)
「えっと……大丈夫ですよ。先輩も忙しいし、自分でなんとかしますんで」
「俺、音羽が練習頑張ってるの知ってたからさ。それでも苦戦してるんなら、俺が手伝いたいって思ったんだ」
目をまんまるくして固まっていたら、七海先輩が突然、俺のほっぺをムニっとつまんだ。
「練習後、他の子に振付け聞いてたり、誰より遅くまで残って一人で頑張ってただろ。……俺、知ってたから。なのに、あいつらに好き放題言われてるの見てると、すげぇ悔しかったんだよ」
「七海先輩……」
「音羽の名誉のためにも、俺にダンスを教えさせてほしい」
その言葉に、こみ上げてくるものをどうしても抑えきれなかった。
でも、ここで泣いたら情けない気がして、なんとか堪える。
(見ててくれたなんて、全然気づかなかった)
七海先輩は俺より何倍も練習してて、終わればすぐにどこかへ消える人だった。
だから、俺のことなんて見ていないとばかり思っていた。
でも、見ていてくれた。俺がどんなに不器用でも、真剣にやっていたことを、ちゃんと。
「ありがとうございます。でも……俺、本当にダメなんです」
「え?」
そこに立っていたのは、遠くからいつも眺めていた、七海先輩だったからだ。
心臓が遅れてドクドクと脈打つ。早く、強く。
(なんで? どうして、七海先輩がここに?)
「だってこの子、ちゃんと練習してな……」
「うん、分かった。俺が音羽の面倒見るから。杉山たちは続きをしてていいよ」
団長の言葉を、七海先輩は容赦なく遮った。
普段は誰に対しても穏やかで優しい彼が、今は見たこともないほど険しい顔をしている。
下手をすれば、先輩方同士で衝突が起きそうな緊迫した空気。
原因は、まぎれもなく俺だった。申し訳なさと驚き、そして戸惑いが胸を埋め尽くす。
「よし。音羽、一緒に来て」
「は、はい……」
七海先輩と団長の間にどうやら決着がついたらしい。
言われるがまま列を抜け、早足で教室を後にする。
背後に残る喧騒が遠のいていくにつれ、ようやく肩の力が抜けた。
渡り廊下を進み、冷たい風が俺たちの間をすり抜けていく。
雑草の中を通って辿り着いたのは、誰も座らないような古びたベンチ。
七海先輩はそこに腰を下ろし、隣を軽くポンポンと叩いた。
「ここ、お座り」
「は、はい、失礼します」
おどけた口調に少し拍子抜けしながらも、言われた通りに座る。
するとすぐ隣から、ふっと笑うような息が漏れた。
「音羽、ボスたちにだいぶ詰められてたね。大丈夫? 心の方は」
「え、あぁ……シンプルに病みまくってます」
正直に答えると、七海先輩は盛大に吹き出した。
「音羽ってば、目が離せないんだよな。バスの時も、今回のことも」
「あ……その節はすみませんでした」
そう、あのバスの時も、七海先輩が起こしてくれなかったら寝過ごして登校できなかった。
俺はあの出来事を今でもはっきり覚えているけれど、先輩はきっと忘れていると思っていた。
ちんけでどんくさい俺のことなんて、記憶の片隅にも残っていないと思ってた。
なのに、名前まで知っていてくれて、しかも気にかけてくれていた。
それだけで、心がじわっと温かくなった。
「俺が助けてやるから、安心してよ」
突然向けられたその笑顔が、あまりに眩しくて、心臓が跳ね上がる。
優しい眼差しと、包み込むような声。
胸の奥が熱くなって、少し言葉に詰まってしまう。
(もしかして、ダンスを教えてくれるって意味?)
「えっと……大丈夫ですよ。先輩も忙しいし、自分でなんとかしますんで」
「俺、音羽が練習頑張ってるの知ってたからさ。それでも苦戦してるんなら、俺が手伝いたいって思ったんだ」
目をまんまるくして固まっていたら、七海先輩が突然、俺のほっぺをムニっとつまんだ。
「練習後、他の子に振付け聞いてたり、誰より遅くまで残って一人で頑張ってただろ。……俺、知ってたから。なのに、あいつらに好き放題言われてるの見てると、すげぇ悔しかったんだよ」
「七海先輩……」
「音羽の名誉のためにも、俺にダンスを教えさせてほしい」
その言葉に、こみ上げてくるものをどうしても抑えきれなかった。
でも、ここで泣いたら情けない気がして、なんとか堪える。
(見ててくれたなんて、全然気づかなかった)
七海先輩は俺より何倍も練習してて、終わればすぐにどこかへ消える人だった。
だから、俺のことなんて見ていないとばかり思っていた。
でも、見ていてくれた。俺がどんなに不器用でも、真剣にやっていたことを、ちゃんと。
「ありがとうございます。でも……俺、本当にダメなんです」
「え?」
