街をとぼとぼ歩いていたら、いきなり声をかけてくる男がいた。
「君、可愛いねぇ。スタイルもいいし。モデルやってみない?話だけでもどう?」
行くところもなく、紗英は話を聞いてみることにした。
「モデルって、そんな簡単になれるもんじゃないでしょ……」

心の中で疑いを抱きつつも、紗英には他に行く場所も、頼れる人もいなかった。

男──自称スカウトの「真島」は、笑顔で言った。

「まあまあ、まずは見学だけでもしてみてよ。本当にキレイな子しか声かけてないからさ」

その言葉に、ほんの少し心が揺れた。
“誰かに必要とされたい”──その感情が、紗英を立たせた。




連れて行かれたのは、雑居ビルの一室にある「芸能プロダクション」。
入り口には一応、看板が掲げられていたが、何かが薄っぺらい。

中に入ると、綺麗なパンフレットや、モデルたちの宣材写真が壁に並べられていた。

「ほら、この子たちも最初は素人だったんだよ。君も半年もすれば、雑誌の表紙とか飾れるかもよ?」

真島は巧みに未来を描いて見せる。
奥の個室では、派手なメイクをした女性スタッフが対応に出てきた。

「まずはレッスンとプロフィール写真の撮影ね。登録費用と初期費、あわせて30万円」

「……そんな、大金……無理です」

紗英が小さく声を絞ると、スタッフはさっと口調を変えた。

「大丈夫、うち提携してるローン会社あるから。月々一万円くらいで大丈夫よ」

そして、どこかで見たことのある「消費者金融」のパンフレットが差し出された。

「みんなやってるわよ。将来への投資だと思って」




気づけば、紗英は契約書にサインしていた。
それが、自分の首をさらに締めるものだとは知らずに。




レッスンと称して、週に何度も通わされるスタジオ。
しかし、その内容はほとんど形ばかりのストレッチや撮影練習だけだった。

「モデルの世界は厳しいから。今は“下積み”が大事なんだよ」

真島はそう言いながら、レッスン費やスタジオ利用料を“追加請求”してきた。

半年もしないうちに、紗英の借金は60万円を超えていた。




一度「辞めたい」と言ったこともあった。

「辞める? 残ってる支払い、どうすんの?」

真島の目が、初めて冷たく光った。

「払えないなら、撮影仕事でもやってもらうしかないな」

「……撮影、って?」

「ちょっと肌見せる系だけど、君くらいならすぐだよ。報酬もあるし」

紗英は、唇を震わせながら首を振った。

「ムリです……」

「じゃあ、他に払う手段ある? お前が勝手に借りた金だよな」

声が低くなった。

その瞬間、紗英の背筋が凍った。

もう、逃げられない。




それから、紗英は望まぬ仕事を“撮影”という名目で強いられるようになっていった。

着る衣装はどんどん過激になり、撮られる内容も過酷になっていく。

「大丈夫、これは芸術だから」

「売れるまでの我慢だよ」

そう言われ続け、次第に自分の“人間らしさ”が削れていく感覚を覚え始めた。

夜、撮影帰りにふとコンビニの窓ガラスに映った自分を見て、紗英は立ち止まった。

やせ細り、頬はこけ、目の光は失われていた。

「……これが、私?」

誰かに認められたかった。
愛されたかった。
ただ、幸せになりたかっただけなのに。

その願いが、こんな場所にたどり着くなんて──。