油利木くんに渡された楽譜の表紙を見た。
──シューベルトのソナチネ第一番?
どんな曲なのか、勉強不足でわからなかった。楽譜を見ようとした時、油利木くんが僕の方を見た。僕が首を傾げると、
「初見は、得意?」
「あ……はい」
「そうか。じゃあ、第一楽章だけでいいから、最後まで見て。大丈夫そうなら声掛けて」
「わかりました」
僕は、楽譜を真剣に目で追い始めた。実際に聞いたわけではないが、今、僕の頭の中ではこの曲が鳴っている。わくわくしてきて、最後まで目を通すとすぐに、
「油利木くん。始めましょう」
催促するような口調で言った。ちょっとテンションが上がってしまっている。そんな僕を見て、油利木くんは小さく笑ってから楽器を構えると、
「じゃあさ。悪いんだけど、Aください」
「A? ああ。はい」
言われた意味を理解し、ラの音を鳴らす。それを聞いて、油利木くんはペグを回して音を決めていく。器用なものだ、と感心してしまった。
「テンポはこのくらい」
言って、ピアノの側面をコンコンと叩く。僕が頷くと、
「ユニゾンで入るから。オレが息を大きく吸ったら、それが曲を始める合図。いいかな? じゃ、始めようか」
「はい」
合図が来て、演奏を始めた。今までバイオリンの伴奏をしたことはなかったけれど、音楽が進むにつれて楽譜に目を通した時の感情が沸き上がってくる。
──何だろう。すっごく楽しい。
油利木くんが楽器から弓を離すと、スタッフと二人の先生たちが大きな拍手をくれた。「ブラボー」という声さえ聞かれた。油利木くんは、バイオリンを持ったまま左手を突き上げた。中村先生は油利木くんのそばに駆け寄ると、
「すごいな、油利木くん。何だか君、急に上手くなったんじゃないか? 今、何かが起きたよ」
喜んでいると言うよりは、むしろちょっと恐れているような顔に見えた。そんな中村先生の表情など全く気にしていない様子の油利木くんは、満面の笑みで、
「やっぱりそうですか。オレもそう思ったところです。今、吉隅くんのピアノに引っ張られて、弓の使い方が急に良くなったと感じていたんです。先生がそう言うなら、本当にそうなんですね。やったね」
「レッスンでも、今の感覚を忘れないでくれるといいんだけど」
「忘れませんよ。今日帰ったら、すぐに練習します」
「本当だね? 明日のレッスン、楽しみにしてるからね」
「はい。オレもすごく楽しみです」
二人のやりとりを聞いていると、宝生先生が僕のそばにゆっくりと歩いてきた。
「先生。どうでしたか、今の演奏」
「良かったですよ。君たち、相性が良さそうですね。それで、これからも彼の伴奏をやっていくんですか?」
「えっと……どうでしょう。よく考えてみます。先生は、あの……」
さっきの微妙な表情が思い出されて、即答出来なかった。本当は、反対なのだろうか。
「何ですか?」
いつもと変わらないクールな顔。僕は、その先の言葉は飲み込んで、首を振った。
「すみません。何でもありません」
「そうですか」
そう言って先生は微笑した。本当は、先生がどう思っているのか知りたい。でも、出来ない。何か引っ掛かるんだろうか。それは何だろう?
頭の中に、疑問符がたくさん浮かんでいた。
──シューベルトのソナチネ第一番?
どんな曲なのか、勉強不足でわからなかった。楽譜を見ようとした時、油利木くんが僕の方を見た。僕が首を傾げると、
「初見は、得意?」
「あ……はい」
「そうか。じゃあ、第一楽章だけでいいから、最後まで見て。大丈夫そうなら声掛けて」
「わかりました」
僕は、楽譜を真剣に目で追い始めた。実際に聞いたわけではないが、今、僕の頭の中ではこの曲が鳴っている。わくわくしてきて、最後まで目を通すとすぐに、
「油利木くん。始めましょう」
催促するような口調で言った。ちょっとテンションが上がってしまっている。そんな僕を見て、油利木くんは小さく笑ってから楽器を構えると、
「じゃあさ。悪いんだけど、Aください」
「A? ああ。はい」
言われた意味を理解し、ラの音を鳴らす。それを聞いて、油利木くんはペグを回して音を決めていく。器用なものだ、と感心してしまった。
「テンポはこのくらい」
言って、ピアノの側面をコンコンと叩く。僕が頷くと、
「ユニゾンで入るから。オレが息を大きく吸ったら、それが曲を始める合図。いいかな? じゃ、始めようか」
「はい」
合図が来て、演奏を始めた。今までバイオリンの伴奏をしたことはなかったけれど、音楽が進むにつれて楽譜に目を通した時の感情が沸き上がってくる。
──何だろう。すっごく楽しい。
油利木くんが楽器から弓を離すと、スタッフと二人の先生たちが大きな拍手をくれた。「ブラボー」という声さえ聞かれた。油利木くんは、バイオリンを持ったまま左手を突き上げた。中村先生は油利木くんのそばに駆け寄ると、
「すごいな、油利木くん。何だか君、急に上手くなったんじゃないか? 今、何かが起きたよ」
喜んでいると言うよりは、むしろちょっと恐れているような顔に見えた。そんな中村先生の表情など全く気にしていない様子の油利木くんは、満面の笑みで、
「やっぱりそうですか。オレもそう思ったところです。今、吉隅くんのピアノに引っ張られて、弓の使い方が急に良くなったと感じていたんです。先生がそう言うなら、本当にそうなんですね。やったね」
「レッスンでも、今の感覚を忘れないでくれるといいんだけど」
「忘れませんよ。今日帰ったら、すぐに練習します」
「本当だね? 明日のレッスン、楽しみにしてるからね」
「はい。オレもすごく楽しみです」
二人のやりとりを聞いていると、宝生先生が僕のそばにゆっくりと歩いてきた。
「先生。どうでしたか、今の演奏」
「良かったですよ。君たち、相性が良さそうですね。それで、これからも彼の伴奏をやっていくんですか?」
「えっと……どうでしょう。よく考えてみます。先生は、あの……」
さっきの微妙な表情が思い出されて、即答出来なかった。本当は、反対なのだろうか。
「何ですか?」
いつもと変わらないクールな顔。僕は、その先の言葉は飲み込んで、首を振った。
「すみません。何でもありません」
「そうですか」
そう言って先生は微笑した。本当は、先生がどう思っているのか知りたい。でも、出来ない。何か引っ掛かるんだろうか。それは何だろう?
頭の中に、疑問符がたくさん浮かんでいた。

