タクシーを降りて駅の改札に入る前に、僕はスマホをカバンから取り出した。ここに来る前に聞いた番号を入れていく。
三回呼び出し音が鳴ってから、通話になった。
「お待たせ致しました。油利木音楽教室でございます」
「吉隅です。先程は失礼しました」
そう言いながら、顔が熱くなるのを感じていた。お母さんは、僕の気持ちを知っている。僕だとわかった今、話をしてくれるだろうか。でも、それは杞憂だった。
「吉隅くん。和寿には会えましたか?」
「はい。会いました。初日に電話をくれた時よりも、悪そうでした。のどの奥がヒューヒューしてて……」
「あの子、風邪を引くと、そうなるんです。小さい頃にも酷い風邪を引いたことがあって。その時も吸入するように言われたんですけど、嫌がって泣いて。無理矢理させるのは、本当に心が痛んだけれど、仕方なくって」
吸入を嫌がって、泣く和寿。想像して、可愛いと思ってしまった。が、本人は本当に辛かったんだと気が付き、そんなのんきなことを考えた自分を反省する。
「ちゃんと吸入、出来てるのかしら? だから、いつまでも良くならない?」
お母さんが、心配そうな声で呟くように言う。
「あの子、厚手の服を持っていかなかったみたいで……。私がちゃんと言っておけばよかったと反省しています」
「僕もそう思ったんです。僕、あの工房からそれほど遠くないところに実家があって、気候について、知っていたんです。知っていたのに、教えてあげなかった。だから僕……ものすごく反省しています」
またその気持ちを思い出してしまった。和寿は自分のせいだと言ってくれるけれど、やはり僕が悪いような気がする。
「いえ。私が……」
「いえ。僕が……」
何回か言い合った後、笑ってしまった。
「あの、僕……」
「吉隅くん。和寿ね、あなたと合わせをやった日、あなたの話ばっかりするのよ。夫がどう思ってるかは知りませんけど、私はもしかしたらと思ってました。さっきのあなたを見て、行かせなきゃって思ったわ」
「あの……」
何と言っていいのか、わからなくなった。お母さんは、和寿の気持ちもわかっていた? もう、本当にどうしたらいいのだろう?
「私は反対しませんよ」
「え?」
お母さんは、フフッと笑って、
「あなたたち、可愛いわね」
お母さんがそう言った時、電車が入ってくる音が聞こえた。僕はお母さんにそのことを伝えて、電話を切った。急いで改札を抜けると、電車に飛び乗った。ギリギリ間に合ったが、車内放送で、「発車間際の駆け込み乗車は危険です……」と言われてしまった。周りの人が僕に視線を向けて、笑っている気がした。僕は恥ずかしくなって、俯いてしまった。
そんな気持ちも徐々に落ち着いてきて、窓の外の風景に目をやった。懐かしい景色が遠ざかっていく。今度はいつここに来るんだろう。それとも、もう来ることはないんだろうか。
大学で先生に会いに行けと言われてからの数時間を振り返る。何だか、全てが恥ずかしすぎる。
──東京に帰ったら、先生に電話しなきゃ。
ぼんやりとそんなことを考えていた。
最寄駅に着いてすぐに、僕は宝生先生に電話した。先生は、呼び出し音一回ですぐに出てくれた。
「吉隅くん、今どこですか? 油利木くんには会えましたか?」
先生の問いに僕は、見えないと知りつつ頷き、
「はい。会えました。やっぱりひどい咳をしていて、聞いてるだけの僕も苦しいような気持ちになりました」
「そうですか。それで? 気持ちを伝えられたんですか?」
「目的は達成しました。和寿に、自分の気持ちを伝えられました」
「そうですか。それならよかったです。行かせた甲斐がありました」
先生は小さく息を吐き出した後、
「今から学校の僕の部屋に来て、詳しく話を聞かせてください」
「え? 今? これからですか?」
「そうです。今です。待ってますからね」
通話は一方的に切られてしまった。僕は少しの間スマホの画面を見ていたが、先生に言われた通り、学校へ向かうことにした。
と、その時、着信音が鳴り始めた。先生がかけ直してきたのかと思い画面を見ると、違っていた。
──和寿? どうしたんだろう? 何かあった?
嫌な予感しかない。僕は慌てて通話にすると、勢い込んで、「もしもし?」と言った。
三回呼び出し音が鳴ってから、通話になった。
「お待たせ致しました。油利木音楽教室でございます」
「吉隅です。先程は失礼しました」
そう言いながら、顔が熱くなるのを感じていた。お母さんは、僕の気持ちを知っている。僕だとわかった今、話をしてくれるだろうか。でも、それは杞憂だった。
「吉隅くん。和寿には会えましたか?」
「はい。会いました。初日に電話をくれた時よりも、悪そうでした。のどの奥がヒューヒューしてて……」
「あの子、風邪を引くと、そうなるんです。小さい頃にも酷い風邪を引いたことがあって。その時も吸入するように言われたんですけど、嫌がって泣いて。無理矢理させるのは、本当に心が痛んだけれど、仕方なくって」
吸入を嫌がって、泣く和寿。想像して、可愛いと思ってしまった。が、本人は本当に辛かったんだと気が付き、そんなのんきなことを考えた自分を反省する。
「ちゃんと吸入、出来てるのかしら? だから、いつまでも良くならない?」
お母さんが、心配そうな声で呟くように言う。
「あの子、厚手の服を持っていかなかったみたいで……。私がちゃんと言っておけばよかったと反省しています」
「僕もそう思ったんです。僕、あの工房からそれほど遠くないところに実家があって、気候について、知っていたんです。知っていたのに、教えてあげなかった。だから僕……ものすごく反省しています」
またその気持ちを思い出してしまった。和寿は自分のせいだと言ってくれるけれど、やはり僕が悪いような気がする。
「いえ。私が……」
「いえ。僕が……」
何回か言い合った後、笑ってしまった。
「あの、僕……」
「吉隅くん。和寿ね、あなたと合わせをやった日、あなたの話ばっかりするのよ。夫がどう思ってるかは知りませんけど、私はもしかしたらと思ってました。さっきのあなたを見て、行かせなきゃって思ったわ」
「あの……」
何と言っていいのか、わからなくなった。お母さんは、和寿の気持ちもわかっていた? もう、本当にどうしたらいいのだろう?
「私は反対しませんよ」
「え?」
お母さんは、フフッと笑って、
「あなたたち、可愛いわね」
お母さんがそう言った時、電車が入ってくる音が聞こえた。僕はお母さんにそのことを伝えて、電話を切った。急いで改札を抜けると、電車に飛び乗った。ギリギリ間に合ったが、車内放送で、「発車間際の駆け込み乗車は危険です……」と言われてしまった。周りの人が僕に視線を向けて、笑っている気がした。僕は恥ずかしくなって、俯いてしまった。
そんな気持ちも徐々に落ち着いてきて、窓の外の風景に目をやった。懐かしい景色が遠ざかっていく。今度はいつここに来るんだろう。それとも、もう来ることはないんだろうか。
大学で先生に会いに行けと言われてからの数時間を振り返る。何だか、全てが恥ずかしすぎる。
──東京に帰ったら、先生に電話しなきゃ。
ぼんやりとそんなことを考えていた。
最寄駅に着いてすぐに、僕は宝生先生に電話した。先生は、呼び出し音一回ですぐに出てくれた。
「吉隅くん、今どこですか? 油利木くんには会えましたか?」
先生の問いに僕は、見えないと知りつつ頷き、
「はい。会えました。やっぱりひどい咳をしていて、聞いてるだけの僕も苦しいような気持ちになりました」
「そうですか。それで? 気持ちを伝えられたんですか?」
「目的は達成しました。和寿に、自分の気持ちを伝えられました」
「そうですか。それならよかったです。行かせた甲斐がありました」
先生は小さく息を吐き出した後、
「今から学校の僕の部屋に来て、詳しく話を聞かせてください」
「え? 今? これからですか?」
「そうです。今です。待ってますからね」
通話は一方的に切られてしまった。僕は少しの間スマホの画面を見ていたが、先生に言われた通り、学校へ向かうことにした。
と、その時、着信音が鳴り始めた。先生がかけ直してきたのかと思い画面を見ると、違っていた。
──和寿? どうしたんだろう? 何かあった?
嫌な予感しかない。僕は慌てて通話にすると、勢い込んで、「もしもし?」と言った。

