ゴールデンウィークの初日の夜、和寿から電話があった。彼は少し咳をしていた。
「風邪引いた? 大丈夫なの?」
「ここ、寒いんだね。この時期にここに来たのが初めてだったから、わかんなくて、ちょっとなめてた。そっちと同じ感覚でいたから、温かい服持って来てなくて。ま、いっかと思ったんだけど、早速やられた。あ、でも伯父さんに、バイオリン作ってるとこ、見せてもらったよ。すごく興味深かった。で、もっと、真面目に取り組もうと思った。最近ちょっと、冴えなかったから。すっげー反省した」
楽しそうに話しているが、その合間に咳き込んでいる。僕は心配になり、
「もう、帰って来た方がいいんじゃないかな。だいぶ辛そうだけど、本当に大丈夫?」
「どうだろう。大丈夫じゃないかも。結構苦しいから。明日、病院に行ってこようと思ってる」
言い終わるとすぐに、咳をした。ヒューヒューという音が聞こえた気がするが、勘違いだろうか。
「和寿。病院行くんだよ。薬飲んで、早く元気になってよ。和寿は、病気似合わないよ。いいね。病院行って薬もらって飲んで、早く治して帰ってきてね」
「わかったよ。そのつもりだったから、ちゃんと行くよ」
電話の向こうで、「ちょっと、和ちゃん。大丈夫なの?」と女性の声が言っている。きっと彼の伯母さんなんだろうと思った。伯母さんと思われる女性に、「大丈夫だよ」と答えてから、
「じゃあ、また連絡する。おやすみ」
「うん。おやすみ」
電話を切る寸前、また咳き込んでいるのが聞こえた。受話器を置いて、溜息をついた。
「なめてた、じゃないよ。あっちは雪がいっぱい降るんだから。こっちとは全然違うのに。馬鹿だな、和寿」
一人呟いた。胸がざわついている。気になって仕方ないが、どうしようもない。
翌日から連絡はいっさい来なかった。風邪が悪化してしまったんだろうか、と悪い方に考えてしまい、大学で宝生先生の雑務を手伝っている間も、集中出来ずにいた。そんな僕の様子を見て宝生先生が、
「吉隅くん。どうしましたか。また、油利木くんと何かあったんですか」
「いえ。告白問題は解決してないながらも、何となく前の感じに戻っているので。そうではなくて、彼、ひどい風邪を引いたらしいんです。すごい咳き込んでいて、本当に苦しそうでした。で、その電話が来て以来、音沙汰ないんです。連絡出来ない程の状態なのかと、気を揉んでいるところです」
「なるほど」
先生は、手を休めずに言った。そして、さらっと、
「彼の旅行先に行って来たらどうですか。ご両親なら、行った先を知ってるでしょう」
「あ、それは。お母さんの実家らしいんで。教えてもらえるかな? あれ? 僕、行く気になってますね。バイトもあるのに、何言ってるんだろう」
冷静さを失っている。心配で心配で、本当に今すぐ彼の元に行きたい。意地を張らずに一緒に行けばよかった、と後悔し始めていた。
「先生。僕、向こうの気候について、ちゃんと話しておけば良かったです。そうしたら、こんな目に合わせなくて済んだかもしれないのに。どうしよう。僕のせいのような気がしてきました」
僕は、作業を完全にやめてしまった。悔しさに唇を噛んでいた。どうしてこんなにうっかりなんだろう、と自分を責めていた。
「君がそんなに気にする事はないと思います。彼も大人なんですから。風邪を引いたのは自己責任です。自分で調べるべきだったんです」
先生の言葉に、僕は首を振った。
「先生はそう言いますけど、僕はそんな風には考えられません。だって、僕はどこに行くか聞いていたし、そこは知ってる場所ですよ。僕のせいです」
先生は、書き物をしていた手を止めて立ち上がった。びっくりして先生を見ると、先生は眉間に皺を寄せてハーッと息を吐き出し、
「もう、ここはいいですから、さっさと油利木くんのところに行きなさい。いいですか。油利木家に、彼が行った先の住所を聞くんです。電話番号もね。それから、ファルファッラに行ってバイトを休むと伝えるんです。それから……」
僕は、まだまだ続きそうな先生の言葉を遮り、
「わかりました。そうさせて頂きます。先生のおっしゃった通りにします。それでは行ってきます」
すぐに動かないと、ためらいが生じてしまうと思った。先生は、僕の肩を軽く叩いて頷いた。僕は頷き返すと、先生の部屋を後にした。
「風邪引いた? 大丈夫なの?」
「ここ、寒いんだね。この時期にここに来たのが初めてだったから、わかんなくて、ちょっとなめてた。そっちと同じ感覚でいたから、温かい服持って来てなくて。ま、いっかと思ったんだけど、早速やられた。あ、でも伯父さんに、バイオリン作ってるとこ、見せてもらったよ。すごく興味深かった。で、もっと、真面目に取り組もうと思った。最近ちょっと、冴えなかったから。すっげー反省した」
楽しそうに話しているが、その合間に咳き込んでいる。僕は心配になり、
「もう、帰って来た方がいいんじゃないかな。だいぶ辛そうだけど、本当に大丈夫?」
「どうだろう。大丈夫じゃないかも。結構苦しいから。明日、病院に行ってこようと思ってる」
言い終わるとすぐに、咳をした。ヒューヒューという音が聞こえた気がするが、勘違いだろうか。
「和寿。病院行くんだよ。薬飲んで、早く元気になってよ。和寿は、病気似合わないよ。いいね。病院行って薬もらって飲んで、早く治して帰ってきてね」
「わかったよ。そのつもりだったから、ちゃんと行くよ」
電話の向こうで、「ちょっと、和ちゃん。大丈夫なの?」と女性の声が言っている。きっと彼の伯母さんなんだろうと思った。伯母さんと思われる女性に、「大丈夫だよ」と答えてから、
「じゃあ、また連絡する。おやすみ」
「うん。おやすみ」
電話を切る寸前、また咳き込んでいるのが聞こえた。受話器を置いて、溜息をついた。
「なめてた、じゃないよ。あっちは雪がいっぱい降るんだから。こっちとは全然違うのに。馬鹿だな、和寿」
一人呟いた。胸がざわついている。気になって仕方ないが、どうしようもない。
翌日から連絡はいっさい来なかった。風邪が悪化してしまったんだろうか、と悪い方に考えてしまい、大学で宝生先生の雑務を手伝っている間も、集中出来ずにいた。そんな僕の様子を見て宝生先生が、
「吉隅くん。どうしましたか。また、油利木くんと何かあったんですか」
「いえ。告白問題は解決してないながらも、何となく前の感じに戻っているので。そうではなくて、彼、ひどい風邪を引いたらしいんです。すごい咳き込んでいて、本当に苦しそうでした。で、その電話が来て以来、音沙汰ないんです。連絡出来ない程の状態なのかと、気を揉んでいるところです」
「なるほど」
先生は、手を休めずに言った。そして、さらっと、
「彼の旅行先に行って来たらどうですか。ご両親なら、行った先を知ってるでしょう」
「あ、それは。お母さんの実家らしいんで。教えてもらえるかな? あれ? 僕、行く気になってますね。バイトもあるのに、何言ってるんだろう」
冷静さを失っている。心配で心配で、本当に今すぐ彼の元に行きたい。意地を張らずに一緒に行けばよかった、と後悔し始めていた。
「先生。僕、向こうの気候について、ちゃんと話しておけば良かったです。そうしたら、こんな目に合わせなくて済んだかもしれないのに。どうしよう。僕のせいのような気がしてきました」
僕は、作業を完全にやめてしまった。悔しさに唇を噛んでいた。どうしてこんなにうっかりなんだろう、と自分を責めていた。
「君がそんなに気にする事はないと思います。彼も大人なんですから。風邪を引いたのは自己責任です。自分で調べるべきだったんです」
先生の言葉に、僕は首を振った。
「先生はそう言いますけど、僕はそんな風には考えられません。だって、僕はどこに行くか聞いていたし、そこは知ってる場所ですよ。僕のせいです」
先生は、書き物をしていた手を止めて立ち上がった。びっくりして先生を見ると、先生は眉間に皺を寄せてハーッと息を吐き出し、
「もう、ここはいいですから、さっさと油利木くんのところに行きなさい。いいですか。油利木家に、彼が行った先の住所を聞くんです。電話番号もね。それから、ファルファッラに行ってバイトを休むと伝えるんです。それから……」
僕は、まだまだ続きそうな先生の言葉を遮り、
「わかりました。そうさせて頂きます。先生のおっしゃった通りにします。それでは行ってきます」
すぐに動かないと、ためらいが生じてしまうと思った。先生は、僕の肩を軽く叩いて頷いた。僕は頷き返すと、先生の部屋を後にした。

