告白された日から数日が経った。学校の廊下を歩いていると、正面から和寿(かずとし)が友達と話しながらこちらに向かって歩いてきていた。思わず立ち止まってしまった。

 僕の存在に気が付いた彼の友達が、

油利木(ゆりき)。ほら、いるぞ」

 いるぞ、と言われて僕は逃げ出すことも出来ず、その場に立ち尽くすばかりだ。和寿は、「え?」と言ってから僕の方へ視線を向けた。

「あ。ワタル……」

 それだけ言うと、口を閉じてしまった。無理もない。僕だって何と言っていいのかわからないんだから。

 和寿は僕に軽く手を振ると、何も言わずに僕の横を通り過ぎていった。和寿の友達が、「え? いいのか?」と、不思議そうな感じで言っているのが聞こえた。胸の奥が、ギュッとなった。

 ──僕が間違えたんだろうか。

 でも、あの時、他にどうすればよかったんだろう。考えても考えても、答えは出ない。屈託なく笑い合っていた頃に戻りたい。ただそれだけを願っていた。

 一週間が過ぎても関係は修復されないままだった。常に寂しい気持ちに包まれていて、講義を受けていても集中出来なかった。

 ──和寿と知り合う前、僕はどうやって生きてたんだっけ?

 ふと、そんなことを考えてみたが、全く思い出せなかった。それくらい、僕にとって和寿と一緒にいることが普通になってしまっていたのか、と驚くばかりだ。

 ぼんやりと考え事をしながら廊下を歩いていると、「あ。吉隅(よしずみ)くん」と、声を掛けられた。顔を上げると、中村(なかむら)先生が笑顔で立っていた。和寿がバイオリンをレッスンしてもらっている先生だ。僕は姿勢を正してから、

「中村先生。こんにちは」
「ちょうどよかったよ。君と話がしたいと思ってたんだ。宝生(ほうしょう)先生に、君と話が出来るようにセッティングしてもらおうかと考えてたくらいね」

 そう言って笑った。いくら友人でも、学校にいる時は『先生』と呼ぶらしいことがわかった。

「ちょっと時間もらえるかな? 急いでる?」
「いえ。全く」
「そう。じゃあ、食堂に行こう」
「はい」

 バイオリンを弾けない僕に用があるとすれば、和寿のことだろう。そう考えるだけで溜息が出そうになった。

 食堂は、お昼までまだ時間があるせいか、比較的空いていた。中村先生は、「何か飲む?」と言いながら、自動販売機にお金を投入していく。僕は首を振ったが、先生は何かのボタンを押して、出てきた物を僕に渡してきた。ミルクティーだった。秋の試験の後、和寿とここで飲んだのを思い出し、胸が苦しくなった。

「ここに座って」

 笑顔で言われ、僕は頷き椅子に腰を下ろした。二人きりなんて初めてだから、緊張してしまう。

 中村先生はペットボトルの蓋を開け一口飲むと、僕を見た。一気に緊張が高まった。

「油利木くんのことで、ちょっと……」
「そうですよね。和寿がどうしましたか?」
「彼ね、最近変なんだよ。レッスンしてても集中出来てなくて、今までしたことがないようなところで普通にミスするんだ」

 あの日と同じ状況が、レッスンの時まで見られているということか。中村先生が心配するのも無理はない。

「君なら仲良しだから、何か知っているかと思ってさ。でも、ごめん。いいや」

 中村先生は、飲み物を一気飲みすると立ち上がり、

「君も何となく調子が悪そうだから。話さなくていいよ。油利木くんが何かやらかしたんだね」

 一人で納得すると、僕に笑顔で手を振り、

「ありがとう。じゃあね」

 何の役にも立てなかったのに、感謝された。中村先生は僕に背中を向けると、何事もなかったかのような感じで食堂を出ていった。僕は急いでミルクティーを飲み干すと、ゆっくり立ち上がり食堂をあとにした。