あんみつを一口食べると、和寿は、「旨い」と言って、親指を立てた。僕はホッとして息を吐き出すと、あんみつを口に運んだ。甘みがちょうどよくて、どんどん食べてしまった。和寿もノンストップで完食した。

「よかった。和寿、こういうのダメかと思ってたから」
「ダメじゃないぞ。ただ、食べたことがなかっただけだよ。ワタルは? 満足したか?」

 僕は何度も頷き、

「うん。満足したよ」
「そうか。じゃ、そろそろ行こうか」
「次はどうする?」
「悪いけど、オレはまだ食べ足りない。何か食べ物を探しに行くぞ」

 あれだけの演奏をしたんだから、あんみつ一つじゃ足りないのは理解出来る。

「それじゃ、和寿。探しに行こう」
「行こう、行こう」

 声が弾んでいる。今日の和寿は、何だか子供みたいで可愛い。そんなふうに感じてしまう。


「外に、屋台みたいなのが出てるから、あそこに行ってみようぜ」
「お祭りって感じだね。行こう」

 その辺りまで行くと、綿菓子とかリンゴ飴とかとともに、たこ焼きとか焼きそばもあった。和寿は、焼きそばの前で立ち止まり、動かなくなった。

「焼きそば……食べたいの?」

 僕が訊くと、和寿はニッコリと笑って、

「はい。食べたいです」

 手を上げて言った。僕は、つい笑ってしまった。和寿も、ははっと笑い、

「食べたいんだから、しょうがないだろ? すみません。二つお願いします」
「ちょっと待ってくださいね」

 焼きそばを作りながら、注文を受けてくれる。僕は和寿に目を向けると、

「僕が食べるか訊かないで注文した……」

 膨れてみせると、また頬をつままれた。

「食べたくないのか?」
「食べるよ。でも、訊いてほしかったな」
「じゃ、今訊くぞ。ワタル。焼きそば食べるか?」
「食べます」

 僕は口を尖らせた。子供みたいだな、と自分で呆れた。和寿はそんな僕を見て、目を細めた。

「ワタル。ちっちゃい子みたいで可愛いぞ」
「からかわないでくれるかな?」
「からかいたくさせてるのは誰だ?」

 誰だと言いたいんだろう。僕は黙って和寿を見ていた。

 それから少しして、焼きそばが出来上がった。それらを受け取ると、僕たちは食堂へ移動した。プラスチックのパックを開けると、いい匂いがする。さっきあんみつを食べたのに、簡単に食欲が戻ってきた。

「和寿。食べよう」
「ああ。いただきます」

 ゆっくりと食べる僕に反して、和寿はガンガン消費していった。本当においしそうに食べるその姿は、微笑ましくさえあった。

「ワタル。オレを見てないで、食べなよ」
「た……食べてるよ」
「減ってないぞ。おまえが食べないと、どうなるかわかるか?」
「はい?」
「オレに食われちゃうんだ」

 和寿は、本当に僕のパックに箸を持ってきた。僕は、「ダメだよ」と言いながら和寿の手をのけようとした。和寿は箸で焼きそばをすくい取ると、僕の口の前にそれを持ってきた。

 ──これは、どういう……。

 あーん、とするべきなんだろうか。それとも……。

 和寿は笑みを浮かべ、

「ほら。口開けろよ。あーんしろ」
「恥ずかしいから、嫌だよ」
「いいから、口開けろ」

 仕方なく開けると、焼きそばが口の中に入ってきた。おいしい。もぐもぐしていると、和寿の手が伸びてきて、僕の唇の端に触れた。体がビクッとしてしまった。

「ワタルくん。ここに何か付けてます」
「ここ?」
「そう。ここ」

 そう言って、付いていた焼きそばの具を取ってくれた。和寿はニヤッとすると、

「じゃあ、はい。口開けて」
「あーん」

 普通に口を開けてしまった。和寿は指先を僕の口に入れた。僕はどうしていいかわからず、固まった。そんな僕に、和寿が笑い出す。

「からかってごめん。これは、捨てよう」

 パックの蓋側にそれを付けた。おしぼりで指先を拭うと、

「ふざけすぎたかな? ごめんな?」
「いや、別に……」

 僕の心臓は、ドキドキしすぎだ。和寿は、何を思ってあんなことをしたんだろう。

 わからないことばかりだった。