学園祭の演奏が終わった。最後の曲が『ツィゴイネルワイゼン』だったせいか、会場は熱狂していた。立ち上がって拍手をしてくれる人が多数。その中には、よくファルファッラに来てくれているゲストもいた。お店にフライヤーを貼らせてもらったことが、功を奏したのだろうか。

 しばらく拍手は続いたが、礼をして会場から出て行くと、さすがに収まった。廊下に出ると、僕と和寿(かずとし)は手を打ち合わせた。和寿は、弾けるような笑顔で、

「予定通りだな」
「上手くいったね。みんな、楽しんでくれてたみたい」
「みんなよりさ。オレが一番楽しんでたから」
「いや。僕です」
「オレだよ」
「僕だよ」

 言い合って、笑った。気分がものすごく高揚していたのだ。

「楽しかったね。また、こういうこと一緒にしたいな」
「ああ。やろう」
「え? いつやろうか?」
「いつって……」

 和寿が笑い出し、僕も自分の食いつき具合がおかしくて、声を上げて笑ってしまった。和寿は僕の背中を軽く叩くと、

「さ。そろそろ楽器片付けて、あちこち見て回ろう。取り敢えず控室に戻ろうか」
「うん」

 二人で並んで控室に向かった。

「じゃあ、行こう」

 大事な楽器を背負って、和寿が笑顔で言った。僕は頷き、

「どこに行こうか」
「そうだなー。ワタル、お腹空いてないか? オレ、腹の虫が鳴きそうなんだけど」
「腹の虫?」

 こんな見た目の和寿でも、そんなことを言うのかと思ったら、吹き出してしまった。

「お? どうしたんだよ、ワタル。一人で楽しそうじゃん」
「いや。何でもないよ」
「こら。言えよ」
「だから、何でもないってば」

 そんなやり取りをしながら廊下を歩いていると、甘味処と書かれた場所に辿り着いた。僕の口の中は、いきなりあんこを求め始めた。僕は和寿の右腕を軽く掴んで、

「和寿。ここに入ろう? あんこが食べたい」
「あんこ?」
「ほら。そこのメニューに、あんみつって書いてある。食べたいな」

 首をちょっと傾げてお願いしてみる。和寿はきっと、あんみつは食べない気がするけど、入ると言ってくれるだろうか。

「あんみつ? ごめん。オレ……」
「やっぱり? 食べたくないって言うかなとは思ったけど……」
「違うぞ、ワタル。食べたくない、じゃなくて、食べたことない、だ。ワタルが食べたいなら、オレも食べてみる」

 食べたことないんだ、と驚きながらも、一緒に食べようとしてくれていることが嬉しくて、「入ろう」と言って和寿の腕を引いた。

 入っていくと、店員役の学生が「いらっしゃいませ」と迎えてくれる。僕たちは、言われるままに、そばの席に腰を下ろした。出てきたお冷やで乾杯。その場であんみつを二つ注文した。

「少々お待ちください」

 その女子学生は微笑んでいたが、何だか笑われているような気がした。その人が去ってから、僕は小声で、

「あの人、僕たちを笑ってた?」

 僕が訊くと、和寿は、

「そうかな? オレは別にそう思わなかったけど。ワタルくん、繊細だな。気にしなくていいんじゃない? ていうか、笑いたかったら笑っといてもらおう。オレ、それでいいや」
「僕……笑われるのは……」
「ワタル、可愛すぎだから」

 からかうように言って、僕の頬を摘んで引っ張った。そうされて、変に鼓動が速くなる。もう、最近の僕は絶対おかしい。わかってるんだ。

「や……やめてよ」
「やめないって言ったら?」
「え? やめて?」
「やめない」

 さっきまで笑ってたのに、何で今は真顔なんだろう。でも、それは、ほんのちょっとの時間だった。すぐに笑顔に戻ると、

「……なんてね」
「もう。和寿。びっくりさせるんだから」
「ごめんな」

 さっきまで摘んでいた僕の頬を、優しく撫でる。顔が火照ってくるのが感じられた。こんな反応、したくないのに。全く僕は、自分をコントロール出来ない。

「お待たせしました。あんみつでーす」

 さっきの人が、僕たちの前にあんみつを置いた。和寿は、「へー」と言うと、

「これがあんみつか。じゃ、早速。いただきまーす」

 目が輝いているように見えるのは、気のせいだろうか。その和寿の姿があまりにも可愛くて、食べるのも忘れて見入ってしまった。