昇降口を出ると風が強く吹いて、桜の花弁(はなびら)を舞い踊らせた。あまりの美しさに、僕は思わず足を止めて見入ってしまった。

 と、僕の少し先を歩いていた和寿(かずとし)の足音も止まった。何気なくそちらに目をやると、和寿は振り返って僕をじっと見ていた。そして、「ワタル」と僕を呼んだ。その声は、いつもより少し低くて、思い詰めたような響きを持っているように感じられ、胸が変にドキンとした。

「えっと……どうしたの、和寿」

 僕を黙ったまま見つめる和寿は、ステージに上がる前のように、真剣な表情をしていた。

「和寿?」

 もう一度呼んでみる。すると、ようやく決心したのか、和寿は僕のそばまでゆっくり歩いてきて、言った。

「最近、ずっと考えてたんだけど」
「な……何を?」
「おまえのこと」
「僕のこと?」

 僕の言葉に頷くと、和寿は僕の両肩に手を置き囁いた。

「オレは、おまえのことが好きなのかもしれない」
「好き……?」

 ──って、どういう『好き』なんだろう? 

 そう思いながらも、これが友人としての『好き』ではないだろうことは、和寿の表情を見ればわかる。ということは、この言葉の意味は、本当にそういうことなんだろうか?

 僕は、目を見開いて和寿を見た。口も半開きになってしまっていた。僕はこの人に告白されたのだ、と悟り、頭の中がパニックを起こしていた。

 こんなことを和寿に言われる日が来るなんて、全く想像していなかった。僕と和寿は同性で、和寿が同性である僕を好きになるとは考えにくい。今までそんな気配……。

 確かに、全くなかったとは言えないかもしれない。もしかして、と思ったことは何回かあった。でも、それは僕に都合のいい解釈だと思っていた。そうではなかったと言うのだろうか。

 そう冷静に考えている反面、鼓動は速くなり息苦しさも感じてしまっている。和寿の告白が僕に期待をさせて、動揺させているのだ。本当にそうだったらいいのに、と思う。でも……。

 僕は深呼吸を何回かしてから、自分の気持ちを悟られないように笑顔を作ると、

「和寿。それは、きっと勘違いだよ」

 何とかそう言ったものの、声が少し震えてしまっていた。本当はこんなこと言いたくないとの思いが、僕を落ち着かせなくしている。でも、仕方がない。これは、和寿の勘違いなんだから。和寿が僕を恋愛対象として見るはずがない。目を覚ましてほしい。覚ましてほしいのか? 期待する気持ちが存在しているのは否定出来ない。でも、ダメだ。そう自分に言い聞かせた。

 僕の言葉に和寿は、信じられないとでも言うような顔になり、「勘違い?」と呟くように言った。僕は頷くと、

「そう。勘違いだよ」

 重ねて言った。

「だって、和寿。僕は君と同性だよ。そんな、好きって言われても……」

 自分の気持ちを偽るのは、こんなにも辛いことなのだと知った。言いたくない言葉を口にしなければいけない。それも、和寿の為なんだから仕方ない。

「そうだよな。おまえとオレは同性だ。オレは今まで、同性と恋愛をしたことなんてない。異性としか付き合ったことない。確かにそうだよ。だけどさ、さっき言ったことは嘘じゃないんだ。おまえといるとすごく楽しいし、嬉しいし、何だかドキドキしてくるし。これって、普通に考えればさ。好きってことじゃないか? 違うって言うなら、他に何て言えばいいのか、教えてくれ。そしたら、訂正するから」

 いつも堂々として明るいオーラの和寿が、今はなりを潜めている。そうさせているのは自分だとわかっていながらも、ここで想いを受け入れるわけにはいかない、と自分を戒める。何しろ、勘違いなのだから。

「ほら。試験前とか、けっこう頻繁に会って、合わせをやったりしてたから、それで……何て言うのかな。愛着? みたいなものが湧いてきたとか、そんな感じじゃないかな。恋愛感情とは……違うと思うよ」

 僕も君が好きなんだ。そう言えたらどんなにいいだろう。でも、それは言ってはいけない。自分の本当の気持ちは、絶対に口に出来ない。

 和寿は、僕の肩から手を下ろすと、俯いたまま、

「わからない。もう、本当にわからない。だけど、おまえを好きだってのは本当だから。じゃあ、今日はここで別れよう。また明日」

 僕の肩を軽く叩くと、和寿は一人で歩き出した。

 その場に立ち尽くしながら、追いかけたいという衝動に駆られていた。でも、それはダメだと知っているから、ただ和寿の背中を見ていた。

 普通に仲良く。ただ、それだけを望んできたのに。

 泣きそうな気分で校門へ向かいながら、和寿と出会った頃のことを思い出していた。