元ヤンと現役


高校の入学式を終え、2階建てアパートの一室に借りた実家に帰った九を、白黒茶を無作為に配色した子猫が出迎えた。

「ただいまーミケ」
「キュゥ!」

三毛猫だからミケ。
さくら高校とどっこいどっこいなネーミングセンスである。

本格的に飼い始めて以降、予想どおり親は何も言ってこなかった。それをいいことに、九の自室以外もミケに開放することにした。
それからはこうして玄関で九の帰りを待っている……こともある。ミケの気まぐれだ。猫の特性か、主人に似たのか。
ただし、親が帰ってくるときは、九が何も言わなくても九の部屋でおとなしくしている。もしかしたら九より頭がいいかもしれない。

1年でぽってり肉をつけたミケは、ぴんと背を張っても丸みのあるフォルムをしている。
九の胸ポケットを彩るピンクの花飾りに、両手を伸ばす。
きれいに毛づくろいされた顔が、ゆるく傾げられた。

「まったく。かわいい顔しやがって」

九は呆れ半分にミケの頭を撫で回した。

「おまえのせいで入学式遅刻しそうだったんだからな」
「キュ?」
「何のこと? ってとぼけてるつもりかおい」

早く出ないといけない日に限って、ミケはかまってちゃんモード。ついかまい倒していたら、時間がぎりぎりになってしまった。
そのせいで駅から学校まで全力疾走するはめになり、髪はボサボサ。最悪な滑り出しだ。ミケがかわいいので許したが。

洗面所で手洗いうがいするついでに、九は鏡を確認した。
思っていたより髪の毛が暴れている。3日連続で髪を染めたときと同じくらいまとまりがない。
この状態で晴れ舞台に立ってしまったことに若干ショックを受ける。

「せっかくいい子ちゃんぽくさら〜っと整えたのにな。ドンマイ俺」

何ごとも形から入るタイプの九は、今日この日のために優等生らしさを研究し、七三分けにメガネのスタイルを形成させた。
ミケというイレギュラーがなければ、学年1位の風格を醸し、周りをあっと言わせていたであろう。
だが、視力2.0でメガネとは無縁だった九に、ダテメガネは邪魔でしかなく、逆に見えづらく感じることも少なくなかった。とはいえ優等生キャラ作戦――という名の内申点稼ぎ――には必須なアイテムだ。

ダテメガネを外し、疲れた耳と鼻上をほぐしつつ、前髪をかきあげる。
自室にリュックを置き、ピンクベージュのブレザーを壁にかけたあと、九はベッドに腰かけひと息ついた。
ずっとあとをついてきていたミケが、九の膝に飛び乗る。

「なあ、聞いてくれよミケ」
「キュゥー」
「俺の隣の席、金髪だったんだよ。ピアスもバチバチでさ。くぅーっ、イカしてたなー! 俺と同じ不良だろうなー」

一拍置いて「同じじゃねえか、元か」と過去形に言い直す。

「なんか、ミケに似てたよ。ミケをでっかくして、イカつくした感じ」

つぶらな猫目がきゅっと眇められる。
そういえばたまきもそんな目つきをしていた。九は記憶に新しい顔を思い出し、笑みを膨らませる。

「仲良くなれる気ぃする」

自信が湧いてきた。ついでに、煩悩も。

(あわよくばタダで家庭教師やってくれたら最高〜)

ダダ漏れていたのか、ミケがパンチして成敗する。肉球がぷにっと九の膝小僧を弾いた。これぞ本当の猫パンチ。
ただただかわいくて、かえって九のツボを突いていた。

「じ、冗談だよ」

なだめながらも、笑顔は隠せていない。
家庭教師はさすがに盛りすぎたが、勉強を教えてもらいたいのは本当だった。

進学校といえばここ! という噂を聞いてさくら高校を受験し、このとおり入学できた九だが、実は補欠合格だった。
1年前まで宿題提出率0どころかマイナスレベルだった不良が、補欠だろうと進学できたことが奇跡に近い。本にしたらきっと大ヒットするだろう。

だが、この先も運任せでいくわけにはいかない。
実力主義の喧嘩と同じ。力をつけてこそ勝ち上がれる。
物理はいけても頭脳はまだまだからきしな九は、効率的なレベル上げが必要だった。

「そもそもたまきって頭いいんかな?」
「ゥゥ」

ミケはふてくされた顔して床に飛び降りた。リュックを踏み越え、九に一瞥を寄越す。
半分開きっぱなしだったリュックのチャックから新入生テストの便りがはみ出ていた。