元ヤンと現役


出会いの季節、4月。
奥ゆかしく咲いた小ぶりな桜は、あくまで引き立て役として、本日高校入学を果たした新入生を祝す。長く厳しい受験生活を乗り越えた新入生には、校門にそっと色を添える痩せた桜の木が、受験シーズン真っ只中に点灯された大都会のクリスマスツリーよりも輝かしく見える。
かつてその桜の木が若く、シマの象徴となっていたころに創立された公立高校――さくら高校。安直なネーミングセンスとは裏腹に、地元では進学校といえばここと言われるほど評判高く、毎年数多くの生徒を名門大学に合格させている。

そんなスマートでグレートなエリートたちが、約200名、本日新たに迎え入れられる。
狭き門をくぐり抜けただけあり、新入生はさくら高校の肩書きを背負うに足る見識があり、道理がある。
つい先月、薄紅のつぼみも目立たなかったころは、まだ中学生だったとは思えない。
おはようございます、ありがとうございます、よろしくお願いします、はじめまして――当たり前のことを当たり前のように口にし、人当たりのよい笑顔を向け、その延長で教室にたどり着く前から早速友だちができた人も多くいた。
まさに、期待に胸打つ、出会いの季節。

晴れやかな風が、たしかに校内に吹いていた。
入学日ということもあり、余裕をもって登校する生徒が大半を占め、新1年生の教室の並ぶ本校舎3階はすでに活気づいている。どこの教室も、こそばゆい緊張感と背伸びした愛嬌で、ほどよく浮ついた雰囲気があった。

――が、3階の突き当たりにかまえる「1-A」の教室だけは、どこか様子がちがった。

「……」
「……っ」
「お、おはよう……」
「う、うん……」
「……」

浮ついているというか、浮いている。

他愛なくにぎわう他クラスと比べ、誰も積極的に話そうとしない。むしろ口を慎んでいる節さえある。
挨拶もはばかられ、しいて近隣の席同士でアイコンタクトを交わす程度。一周まわって、歴戦をともにしたチーム感を思わせる。
もちろんしたくてしているわけではない。できることなら他クラスみたく「どこ中出身?」「髪型かわいいね」「なんて呼べばいい?」なんて定番のトークテーマで徐々に仲を深めていきたい。せっかくのクラスメイトなのだから。
だけど、どうしてもできなかった。

窓の外は雲ひとつない青空だというのに、1-Aの教室に限り、低気圧が押し寄せ曇天に沈んでいる。
始まりにして終わっている空気。
そうなった原因は、火を見るより明らかだ。

「……チッ」

マッチをこすったような舌打ちが、いやに響いた。各席で縮こまる1-Aの生徒は、一様にびくりと震え上がる。
誰もが神経を尖らせるのは、窓際のうしろ。その角席にどっしりと身を置く少年に、緊張を通り越して恐怖を覚えていた。

周りの視線を舌打ちで蹴散らす喧嘩腰な態度に似つかわしく、その少年は、頭からつま先まで見事にオール校則違反な出で立ちだった。

まず目につくのは、乾いた金色の髪。生え際が黒く、見るからに地毛ではない。ぱさついた襟足は、痛い痛いと言わんばかりに外側に跳ねていた。
進学校と名高いさくら高校は、メイク・ネイル・ヘアカラーは原則禁止。ましてや入学初日にぶっちぎりでイエローカードを決める問題児は、さくら高校の長い歴史上初である。

そんな派手な髪の毛をもってしても、耳にじゃらじゃらとついた安全ピンのようなピアスは隠しきれない。今にも血が流れてきそうで、クラスメイト、主に女子は顔面蒼白になる。
それだけでなく、ボタンを過剰に開けた制服から覗く鎖骨にも、釘のようなピアスが貫通している。
現状、ほくろの数をピアスが上回っている事実に、「いい趣味してんな!」と京風のツッコミをかませる猛者はいそうにない。むしろ校章の入ったブレザーに律儀に名札をつけていることに、「あ、そこはちゃんとするんだ」と感心してしまいそうな雰囲気だ。

幅を広くとって組まれた長い脚は、机におさまりきらず、右の上履きだけ机の上から少しはみ出ている。下ろしたてだろうに、かかとが思い切りつぶれていた。
今後クラスで幅を利かせ、逆らうやつはこの上履きみたいにつぶすから覚悟しておけ! ――という新手の意思表明と取ったクラスメイト、主に男子はちびってトイレにも行けない。

まるで絵に描いたような不良。
今まで勉強に部活に励んできた真面目なエリートたちにとって、その存在はとうてい理解に苦しむものだった。
心を開く気のない仏頂面は、はっきりとした目鼻立ちにすっきりとした輪郭で、生まれ持った造形の美しさが際立っている。だからこそ、感情をどこかに捨て置いた表情に、尋常ではないほど恐怖心を煽られた。

いやいや見た目で判断してはいけないだろう!
と、心やさしき少女がひとり、勇者のごとく立ち上がったことがあった。
しかし、

「あ、あの、はじめまして……、あの、わ、わたし……」

ギロッ。

「ひぃっ……」

たったのひと睨みで、あえなく撃沈。
半泣き状態の少女をすぐさま保護したとある少年は、どうやら有識者――金髪の少年と同中だった――らしく、わざわざ廊下にかくまい彼の話を聞かせてあげた。

いわく、隣の地区では知らない者はいない有名なワルだという。
郊外の地区を東西南北に分けた町のうち、東にある中学をすべて拳でまとめあげた番長。人呼んで「東の金鬼(キンキ)」。
気に入らないやつは男女問わず血祭に上げ、両手では足りない人数を不登校に追いこんだらしい。

伝聞されるエピソードというのはたいがい脚色されがちだが、有識者の証言には同中出身ならではの臨場感と説得力があった。さらに、本物の「東の金鬼」たる気迫を目の当たりにしたこともあり、心やさしき少女はすっかり臆病風に吹かれてしまった。
廊下に聞き耳を立てていた他のクラスメイトにも話はあっという間に拡散され、やがて誰もが怒りを買わないよう口を閉ざすようになった。

(無理無理、怖すぎ! なんで不良がいるの!? ここって進学校じゃなかったっけ!?)
(うう……ただでさえわたし、イケメン苦手なのに……)
(迫力やばすぎだろ。これから1年間これ? まじ?)
(前の席の人かわいそう……。隣の席の人は……まだ来ていないみたい)
(僕だったら、金髪ヤンキー見た瞬間、卒倒して家に帰るよ)
(あーもうだめ……この空気耐えられない!)
(誰か……)
(誰でもいいから空気を変えてくれ!)
(せ、先生……! 早く先生来て……!)

まだ見ぬ担任の先生に助けを求めるほど生徒たちは追い詰められていた。
その願いが通じたのか、チャイムが鳴る1分前、閉ざれた前方の扉に人影が差した。
ガラガラと扉が開かれる。
入ってきたのは、皮肉にも、いかにも冴えない少年であった。

少しボサついた黒髪に、牛乳瓶のふたのような分厚いレンズのメガネ。シャツは第一ボタンまできっちり留められ、背負っている黒いリュックは、男子にしては小柄な体系にはやけに大きく見えた。

(不良に一番に狙われるタイプだ……)

満場一致の感想だった。

(あーーあいつじゃだめだーー! 逆に悪化するーー!)
(がっかり……。い、いや、彼が悪いんじゃないんだけど!)
(ごめんな、第一印象で決めつけて。でも……)
(100パー陰キャだよね)
(陰キャとヤンキーなんて、水と油くらい相性最悪だよ! どうすんの!?)
(どうかあの不良が弱い者いじめしませんように……!)
(メガネくんも! お願いだから空気読んでくれ! 頼む!)
(おはようって言いづらいから会釈だけでもしておこう。がんばろう、お互い。ほんとに。まじで)
(てか待って! 空いている席って、あとあそこしか……!)

黒板に貼られた座席表を見て移動し始めたメガネの少年に、一同ハッと息を呑み、頭を抱えた。
少年が一列ごとに通り過ぎていくにつれ、周囲はぽつぽつ雨が降り始めたように冷や汗を流していく。せめてもの抵抗に、必死に念を飛ばした。

行くな! そっちに行ってはいけない!
なぜなら、そこには、金の鬼がいるのだから!

メガネの少年は、やはりと言うべきか、テレパシーを使える超人類ではないようでちっとも効き目はなく、着実に近づいてしまっていた。
不良の待つ、窓際角の隣の席へ。

というかそもそも、念という不確かなものに頼らずとも、あれほどわかりやすくラスボス感が漂っているのだからいつ足が止まっておかしくない。
なのに少年は停止も後退もせず、ずっと一定の速度で進んだ。機械仕掛けのようにスピードを保たなければたどりつかないと、自分を叱咤しているようにも窺える。それにしたって足取りは軽く、スムーズだった。

あっさりと最後列にたどりつくと、あまつさえ空いている自席にドン! と音を立ててリュックを置いた。クラスメイトは声にならない悲鳴を上げる。
案の定、隣の席に座る金髪の少年は、ダサいメガネめがけて目をきつく吊り上げる。
メガネの奥にひそんだ黒目が、それに気づくと、

「……」

黙りこんでしまった。
悪目立ちした金色から目が離れなくなる。

怖くて声も出ないのだろう。同様の症状に悩まされるクラスメイトの共感の声が今にも聞こえてきそうで、金髪の少年はチィッ!! と長ったらしく舌を打った。
それに驚いたようにメガネの少年の口が開かれた。

「あ、はじめまして」

予想に反して、実にあっけない声。
金髪の少年の猫のような双眸が、丸くすぼめられる。
やにわに緊張の糸が少しゆるんだ。

「隣の席同士よろしく、えーと……」

メガネの少年はへらりと笑みを浮かべながら、さりげなく視線をすべらせる。
おそろいの桜の造花を飾った、お隣さんの胸ポケット。縫い留められた名札には、「綿貫 たまき」と彫られてあった。

「めん……わた…………うん、よろしく、たまき!」
「あ?」
「まだ先生来てないよな? はー、よかったー、間に合ったー」

動揺のかけらもなく、メガネの少年はさも平然と席に着いた。
会話だけ聞けば、どこにでもある平凡な日常。……だが、隣にいるのは、間違いなく金髪ヤンキー。
そのちぐはぐした光景を始終見守っていた周りのクラスメイトは、今日イチの興奮を覚えていた。

(あ、あいつすげーーー!!!)
(あのヤンキーをいきなり呼び捨て!? タメ口!?)
(コミュ力バケモン!)
(怖いものなしかよ!)
(陰キャじゃなかったんだね!)
(わたしと同類だと思っててごめん! 全然格上! 救世主!)
(あれがギャップ……!!)
(かっけえ……かっけえよメガネ!!!)
(あとでお礼を言いに行かなくちゃ!)

1-Aの教室にもついに日が昇った。
声を出せたなら歓声を上げていたし、席を立てたなら輪になって踊っていた。不良が怖くてできないけれど。
ある意味、クラスの心はひとつだった。入学式前だとは信じられないくらい。

一方、金髪の少年、たまきは、生ぬるくなった空気感にあてられ、しばし呆然としていた。未知の生物と遭遇したような気分だった。
無意識のうちに隣をちらちらとうかがっている自分がいる。
隣の席にいるのは、いったい何者なのか。
進学校に入学しながら「綿貫(ワタヌキ)」という苗字を読めなかった愚者(バカ)なのか、出会い頭に泣かれ謝られ逃げられる現役のヤンキー相手にごくごくふつうに話しかけられる道化師(バカ)なのか。
まったくもって計り知れなかった。

(……なに考えてんだ、こいつ)

一瞬にして注目の的となったメガネの少年。
その頭の中はといえば、

(こういうとこにも金髪のやつっているんだ。金髪っつうか、茶金? うちの猫にそっくり。かわいー。俺もまた染めてー)

盛大に平和ボケしていた。
天候の移ろいの激しいクラスの機微なんぞ知るよしもない。

(はっ、いかんいかん! 俺にはもう好き勝手遊び呆けてる余裕はねえんだ! 髪染める暇があんなら英単語を1個でも多く覚えるような、そんな生活にしなければ!)

せっかくメガネもかけてきたんだし、と耳にかけた黒いつるを得意げに上下させる。チャイムが鳴るといっそうやる気をみなぎらせた。

(俺はもう足を洗ったんだ――目指せ、ガリ勉!)

一見地味なこの少年。名を、灰田 九(ハイダ キュウ)
こう見えて、心臓に毛の生えた元ヤンである。