「花火が上がるまでなんか食べようか」
「え、はい。そうですね」

 私たちは数段ある階段の先にある神社の鳥居を見上げた。
 駅からここまではほんの数分。
 その間もずっと手を繋いでいた。

「萌香ちゃんは何食べたい?」

 神社はさほど大きくないものの、境内にはたくさんの出店がひしめき合っている。
 どこからかは食欲をそそるソースやイカ焼き、焼きトウモロコシの匂いが風に乗って運ばれてきていた。

「えっと、先輩は何がいいですか?」

 正直食べたいものはたくさんある。
 去年彩奈と来た時は、ほぼ全部回る勢いじゃなかったっけ。

 だけど考えたのよね。
 たこ焼きもお好み焼きもあの青い小さな悪魔が歯に取り憑くんだもん。

 デートでそれはアウトでしょう。
 さすがに女の子らしくいかなきゃ。

「んー。優夜……」
「ん? 優夜先輩?」

 なんで今、先輩は自分の名前を言ったんだろう。
 名前?
 ただ先輩って言ったのがダメだったのかな。

 それにしては優夜先輩って呼びなおしたのに、まるで先輩の顔は耳が垂れてしょげたようなワンコに見える。

 いや、可愛すぎでしょう。何この生き物。
 女子の私より可愛いって、どーなの。

「先輩可愛すぎる」
「ふぁ⁉ ありがとうだけど、そーじゃなくって」
「へ?」
「先輩じゃなくて、名前だけで呼んで欲しい」

 えええ。
 先輩は先輩なのに、名前で呼ぶってどうなの?

 でも私、今彼女なんだっけ。
 彼女で先輩呼びって、やっぱりなんか変かな。
 いや、変だよね。自分でも何となく変だとは思う。
 だけど、なんか恥ずかしいんだもん。

「優夜……さん?」
「なんでそこ疑問形なんよ」
「だって」
「まぁいいや。これから慣れていってくれたら」
「……はい」

 私の返事に、優夜は満足げに微笑み返してくれた。

 そこから手を繋いだまま、出店を回った。
 食べないと誓ったたこ焼きは二人で半分こして、やはりあの悪魔の思うままに口の中を占拠された。

 二人でそれを見て笑い、唯一女の子っぽいりんご飴を買った。

「神社からだと花火が見ずらいから上に行こうか」
「上?」
「ああ。神社の上の小高くなったとこから花火がよく見えるんだ」

 いつも出店に夢中で、マトモに花火見たコトなんてなかった気がする。
 花より団子じゃないけど、どれも美味しいんだもん。

「初めてちゃんと見るかもしれません」
「ホントに? 家から近いから見に来てるかと思ってたわ」

 そう言いながら人込みを抜けるように歩き出した。