家から一駅隣。
 やや混雑する電車を降りた私は、駅の前で辺りを見渡す。

 家族連れやカップルたちが、駅からほんの少し離れた神社まで歩いていた。

 遠くからは祭囃しの音が聞こえてくる。
 やや日は落ちだしているのに、今日はいつもより人は多い。

 まだ彼が来てないことを確認した私は、手鏡を鞄から取り出した。
 前髪大丈夫かな。
 っていうか、張り切りすぎだって思われないかな。

 小さな手鏡には、母が着せてくれた浴衣が写る。ウサギが描かれたやや幼いイメージの浴衣だけど、白と黒の色合いが好きなのよね。

 まだ中学生の頃にこうやってお祭りに着て行きたくて、頼み込んで買ってもらったものだ。
 勝負服とはちょっとまた違うけど、祭りと言えば〜って思って着てきてしまった。

 通り過ぎる人たちにもまばらに浴衣の人たちはいるから大丈夫よね。
 町の小さなお祭りだ。人が多いと言っても、都会のそれとは違う。

「あ……学校の誰かに会うかな」

 うわぁ。そこまで考えてなかった。
 バッチリ決め込んだデートって思われるじゃん。
 なんか言われるかな。

 そう考えるとどこかこそばゆく、私は暑くなる頬をおさえた。

「萌香ちゃん、ごめん。待ったでしょ!」
「あ、や、いや。全然大丈夫デス」

 顔を上げると、同じように浴衣を着た先輩がいた。
 私は彼を見た瞬間、思わず固まってしまう。

 なになになになに。
 私服初めてって思ったら、浴衣だし。
 めっちゃセクシーなんだけど。

 似合いすぎでしょう。
 私が着てるよりも、ずっと目立ってるし。
 カッコよすぎて、マトモに見れないよぅ。

「萌香ちゃん、可愛すぎてヤバいね」
「それは私のセリフです。優夜先輩がカッコよすぎて、私どーすればいいんですか」

 そんな風にお互いを褒め合ううちに、あまりに自分たちが恥ずかしいことをしていることに気づく。
 
 周りの人たちの温かい目がそこにはあったから。

「と、とにかく行きましょう」
「そうだね」

 そう言うと、先輩は自然に私の手を握った。ドキドキする私に一言「人混みはぐれたら大変だからね」と耳元で囁く。

 たったそれだけのとこで、周りの騒音など何も聞こえない。
 ただ自分の心臓の音がどこまでも騒がしく鳴っていた。