教室には帰り支度をする、よく見た顔が。
 私はその姿を見つけるなり、大声で叫んでいた。

彩奈(あやな)ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「やだ、なに。大声出して。ビックリしたじゃない、萌香(もえか)
「きーてよぉ。さっき告白したの!」
「え、とうとう告白したの?」

 鞄に教科書たちをしまう手を止め、彩菜はこちらを見ていた。
 長く真っすぐな黒髪が風で揺れる。

 彩奈は中学から一緒の大親友だ。
 どんなことでも相談してきたし、私が尚人(なおと)先輩のことが好きだと知っている数少ない人間。

「で、結果は? どうだったの?」
「……優夜(ゆうや)先輩と付き合うことになった」
「は?」

 一瞬ぽかんとした表情のあと、なぜか彩奈は眉をひそめた。
 
 あり得ないって思ったよね。
 でもなんだろう、どこか怒っているみたいなこの表情。

「彩奈?」

 不安になり彩奈をのぞき込むと、彩菜はいつもの表情に戻っていた。

「ホント、安定にアホだというかなんというか。猪突猛進(ちょとつもうしん)すぎなのよ。もうちょっと場所とか考えなきゃ」

 あれ、いつもの彩奈に戻ってる。
 なんだったんだろう、さっきの。
 私の見間違い? 気のせいだったのかな。

「う、うん。失敗しちゃった」
「んで、どうするの? まさか優夜先輩と本当に付き合うつもりなの?」
「だって」

 あの場で断ることなんて出来なかったし。
 自分がまいた種だもの。

「幸せにするって言われちゃったし」
「んで、尚人先輩諦めて鞍替(くらが)えしたの?」
「そうじゃないけど……。でも、尚人先輩にはおめでとうって言われちゃったし」

 下を向く私に、彩菜は大きくため息を吐いた。
 まぁ、アホで尻軽女(しりがるおんな)だって思ってるよね。
 別に鞍替えしたいって思ったわけじゃない。

 でも尚人先輩におめでとうって言われちゃった瞬間、ああ、私の初恋は終わちゃったんだなって思ったのは事実。
 それがどこか悲しくて、もうそれ以上何も言えなかったんだ。

「それでいいの? 諦めちゃって」
「優夜先輩に告白しちゃったのは私だし。付き合ってみることんいするよ」
「まったく……せっかく尚人先輩に告白するのを応援していたのに」

 そう。私の背中を押してくれたのは彩奈だ。
 彩奈がいなかったら、私はきっと告白しないまま後悔していただろう。

 もっとも、それすら失敗しちゃったんだから目も当てられないけど。

「ごめんね、彩菜」
「はぁ……お母さんは大ショックですわ」
「えええ、いつからお母さんになちゃったの」
「そういうお年頃なのよ」
「やだ、一気に老けたじゃない」

 私たちは顔を合わせ、ただどこまでも笑い合った。