注文した商品が届く。熱々のハンバーグを、一切れだけ口に運んで、ライスと一緒に流し込んでから、話を始める。

「生まれてから中学卒業までの人生は、特に語ることも無い。陰キャと陽キャの中間、みたいな生き方してたよ。詩的に表すとするなら――」

「あ、それはいいよ」

 さっきまで僕の話を聞きながらハンバーグを頬張っていたのに、僕が幽玄な表現に変えようとした突端、横槍。
 ちょっと気……というか心に障る。

「……まあ、それで高校に入って出会ったのが、優莉だった。クラスは違ったけど、確か、初めて見かけたのは四月。それが優莉だとは認識してなかったと思うけど」

 そこで水を一口、飲む。息継ぎ。

「四月のうちは、ちょくちょく見かけるくらいで、あんまり気にかけてなかった。波風立てないで高校生活を送るために、最初は目立つ人から気にしていったし、用も特になかったし。まあ結局波風は立つんですけど」

「おっ、どんな波風?」

「端的に言うと、いじめ……に近いものだよね。そこである日僕を庇ってくれたのが、優莉ってわけ」

 僕は、優莉との出会いの記憶を思い返す。……大坂さんに話すためじゃなく、自分自身のために。星の欠片を拾い集めて、感傷の海に沈めるために。



 その人は、すこし地味な印象だった。
 僕はその人のことを覚えていなかった。
 目立つ人から、詳しく覚える。それが弱者のライフハック――って言ったって、言い訳か。

『格好悪い。大人数で一人に寄ってたかって、なにがしたいの?』

 その人が印象づいたのは、集団でのいやがらせから、僕を庇ったときだった。
 肩くらいの長さの後ろ髪に対して、前髪は目にかかるくらい長い。
 しかし、地味だと思っていたその姿は、どんな宝石なのだろうか、想像よりはるかに明るかった。
 宝石は磨けば光るが、ただの石は磨いたって光らない。

『それは詩的すぎるよ』

 口が滑っていたのか、僕の思考に苦言を呈する。

『通じなかったですか?』

『いや、君の考えはよくわかった。わたしは、宝石だけじゃなく、どんな石だって磨けば光る、って思ってるけど』

 彼女の言葉。とてもそうは思えなかった。
 あれほどまでに光っていた彼女の光は、少なくとも後出しではなかった。

『あと君、同級生だから敬語はいらない』

『あ、うん』

 その強さから、年上かのように扱っていたが、その実彼女は同学年。

『君、六組で間違いない?』

『はい。……じゃなくて、うん。六組の、星澤優吾』

『一人が嫌になったときは、わたしのところに来なよ』

 そう僕に告げる彼女は、一人でも大丈夫みたいで。僕の目に、異様なほどに格好良く写った。

 別の日、彼女と出会ってすぐに、一人が嫌になった。
 一人でいると、すぐに嫌がらせの対象にされてしまうことは、明白だった。

『もう来たの』

 彼女は、図書室にいた。ぱら、ぱら、と本のページをめくる。
 なにを読んでいるのだろうか。

『そりゃあ、一人は寂しいから』

『……やっぱり、そういうものなんだ』

『まあ。あとは、名前聞いてなかったと思って』

『……それ、言わないと駄目?』

 それだけ告げて、彼女は視線を再び本の元に戻す。
 嫌われているのかと、結構本気で心配していた。
 彼女の向かい側に座って、適当な本を開く。

『伊藤さん、なに読んでるの?』

 名前を訊いても教えてくれなかったので、仕方なく記憶から掘り出す。彼女に助けられたあの日、名前は憶えた。
 目の前の彼女は、本のページを見つめたまま、紙をめくる手を止めてフリーズしていた。

『……知ってるんじゃん。優莉でいいよ』

 いささかハードルが高い。名前呼び捨てはもうちょっと距離を縮めてから……。

『そろそろ昼休み終わるよ、優莉』

『うん、ありがとう』

 無口な人だと思っていたら、感謝の言葉なんかははっきりと言ってくれる……本当に、ただ無口なだけの善人だった。



「どう?」

「どう? じゃないんだよ。ただイチャイチャしてる話じゃん」

「いや、僕も優莉もあんまり喋ってる印象はなかったけど」

「無口だからイチャイチャしてないってわけでもないんだってば」」

 なんというか、真理だった。確かにあのときの僕たちはお互い無口だったが、だからといってお互いを大切にしていないわけではなかった。

「まあ……優莉は、ずっと変わらないね。優吾くんは、昔から詩的な表現する癖があったんだね」

「癖だから。あれから優莉のおかげでいろいろと洗練されたんだけどね」

「ええ、優莉そんなことしてたの……。あと優吾くん、今よりなんか陽気じゃない?」

「心、開いてたからね」

「わたしには心開いてくれないの?」

 涙目の演技。

「さあ、どうだろうね」

 たぶん、すでに気づいているのだろう。なにに、とは言わないけど。

「これで満足した?」

「うん、今はこれでいいや」

 そう言ってから、彼女はハンバーグの最後の一口を頬張る。僕のはまだ半分くらい残っているのに。
 それにようやく気付いたのか、彼女はスマホを操作して追加注文した。

「それにしても、あんまり時間潰せてないね」

「そもそも目的と手段がすり替わってるんだけどね」

 もともとは、痛む心の傷口を広げないために、学校に行かないという手段を取っただけだった。それなのに、今となっては学校に行かないために、ここで時間を潰している。

「どうだろ、目的はもう達成したみたいなものだから、どっちかといえば手段が目的に繰り上がった、って感じじゃない?」

「……そうかもね」

 その話はそれだけ返して、残り半分のハンバーグを食べ始める。
 そこでようやく大坂さんの追加注文が届いて、安くてうまいピザを二人でシェアする。

「ハンバーグは強い肉の味がして、ピザは濃厚なチーズの旨味が感じられて、満足だ」

「食レポなんかも、詩的な表現のうちに入るの?」

 軽く感想を語ったところで、嫌味みたいな一言を食らう。

「食レポってほどでもないでしょ、ただの感想だって」

「ふうん」

 にやにやしている大坂さんにも、今日一日で見慣れてしまった。