「陽菜さんの友達の、星澤優吾です。よろしくお願いします」
食卓につく前に、陽菜の母に挨拶をする。
「陽菜の母の大坂裕子です。娘がお世話になってるよね、ありがとう」
「いえいえ」
……陽菜のお世話をしているかはともかく、だいぶ引きずりまわされたのは事実だな。謙遜しない方がよかったかもしれない。
ふと彼女の方を見ると、にっこにこだった。
こういうときに笑うの、やめてほしい。腹が立つから。
「陽菜とは学校で出会ったの?」
僕が答えようとすると、陽菜が割り込む。
「そうだよ、優吾くんとは同じクラス」
どうやら、僕たちの出会い方がメジャーなものではないということは、さすがに彼女もわかっているみたいだった。
それを母に話すのは彼女でも憚られるようで、適当なことで答えた。
「そっか。……ご飯用意するから、座って待っててね」
陽菜の母は、笑顔で僕たちを見てから、キッチンの方へ一人歩いていく。
僕たちは席に着いてそれを待った。
少し前から匂っていたカレーとご飯の盛られた皿が、食卓に次々運ばれてくる。
「違う家庭のカレー、なかなか食べる機会がないから楽しみだ」
「わたしは優莉の家のカレー結構食べたことあるよ」
僕の感想に対し、陽菜は小さな声で囁く。
たぶん、優莉の話はまだできるだけしたくないのだろう。
少し羨ましかった。優莉の、僕が知らないところ。
「全員分食事集まった?」
「はい」
食卓にカレーが行き渡ったことを確認して、いただきますと言って陽菜が食べ始める。
それにならって、僕も食事に手をつける。
「いただきます」
「召し上がれ」
「美味しいです」
しばしの沈黙。
黙々と、カレーを口に運ぶ。美味しい。
友達の家でご飯を食べたら、こういう気まずさがあるのだろうと思う。
微妙な空気感の中で、僕は頭をかく。
その気まずさを読み取ったのか、陽菜の母が話題を示す。
「星澤くんと陽菜は、学校ではどんな感じなの?」
結果選択された話題は、あまりにも答えづらいものだった。
話題がそれしかないから仕方ないんだけど……。
陽菜のスタンスに従うとするなら、僕たちは学校で出会ったということになっている。
実情に反する。
「めっちゃ喋ってるよ! ね、優吾くん」
即座に語られた嘘に同意を求められ、僕は咄嗟にうなずく。
彼女は、信じられないくらい嘘が上手かった。
頭の中で、彼女が「嘘にまみれた人生だからね」と言うのを想像する。
「そんなことより、今回の旅行の話しようよ」
そう言って陽菜がごまかす。
しかし、それは逆に悪手じゃないだろうか、と心の中で思う。
僕たちの関係について詳しいことを喋ると、学校で出会ったわけではないことがバレるし、優莉に会ったことを話すと、その転校の原因を知ったことがバレる。
「そうだね。星澤くんと陽菜、二人で旅行に行ったんだっけ」
「なんで知ってるんですか」
「そりゃあ陽菜から連絡が来たし、出発前には報告もされたからね」
陽菜の母の得意げな顔は、さすが親子、とても陽菜に似ていた。
ぼんやりと想像しながら、カレーを口に運ぶ。
「……陽菜さん、お母さんに連絡してたんですね」
「『なにも連絡なかったら、不安すぎてなにするかわからない』って言って定期的に連絡くれたよ」
不満げにぷりぷりしてそう言う様子を想像する。
「まあ、わたしにとっても連絡するくらいは大した手間じゃないからね」
陽菜は、やっぱりちょっと不満げな表情をして言う。
友達の前で、家族との関係を明らかにされるのは、少し抵抗があるみたいだった。
「私も、ちょっと親馬鹿すぎるってわかってるんだけど。どうしても心配で」
陽菜の母が、苦笑しながらその思いを吐露する。
その言葉に、陽菜の家庭の一端を見受ける。
きっと、陽菜への愛情が彼女を甘やかしてしまう原因なのだろう。
「……」
僕たちと、陽菜の母は黙り込んで、目の前の夕食を食べる。
ふと時計を見ると、もう二十時を回っていた。
そこで僕は皿に盛られたカレーを完食する。
「ごちそうさまでした」
「あ、お皿は置いといていいよ」
陽菜の母に案内されて、僕は机の上にお皿を置いて、陽菜の様子を眺める。
彼女は、マイペースにご飯を食べ進めていた。
「いつも通りなら、そろそろお父さん帰ってくるかな」
マイペースに食べていた陽菜が、言う。
教育サービスの社長と言っていたが、こんなに早く帰れるんだろうか。
少し訝しげな表情をする。
「陽菜との時間を長くしたいからって言っていつも早く帰ってくるよね」
タイミングよく陽菜が説明する。
「お父さんも本当に陽菜のこと好きだからね。私も気持ちはわかるよ」
子を愛するのは、親というものの性なのかもしれない。
それが少し大げさに現れたのが、陽菜の家庭だ。
きちんと話せばわかってくれると、そう思わされる。
まだなにもしていないのに、安心する。
……それと同時に、愛のある家庭が、結果として知り合いを転校させたことが、底知れず恐ろしかった。
「ごちそうさま」
陽菜も夕食を食べ終わる。
彼女の母もいつの間にか食べ終わっていて、食卓は解散の流れになる。
そこで、鍵の音が鳴る。
僕と陽菜は咄嗟に反応して、音の鳴った方を見る。
「帰ってきたね」
陽菜が小さく呟く。
「やっぱり緊張するな」
「お父さんが準備できたら、四人で話しよう」
そう言って、陽菜は玄関の方に行く。
「優吾くんが来てるってお父さんに伝えてくるね、ちょっと待ってて」
その言葉を受けて、僕は陽菜の部屋に入って待つことにした。
ダイニングに、四人が集まる。
陽菜の父だけ目の前にカレーを用意して、それを食べながら話すみたいだった。
「陽菜さんのお友達の、星澤優吾といいます。よろしくお願いします」
「陽菜の父の大坂大輔です。よろしく。わかりづらいから、大輔って呼んでね」
大輔さんは、陽菜の年齢から推測される年齢よりも、いくぶんか若く見えた。
経営者というよりは、優しそうな塾の先生に近い風貌だ。
「あ、それなら私も裕子でいいよ」
陽菜の母……裕子さんは、大輔さんから影響されたみたいだった。
「それで、お父さん、お母さん。わたしから話があるの」
陽菜の言葉を受けて、大輔さんと裕子さんは、僕たちの顔を交互に見る。
なにか誤解があるような気がする。
具体的には、僕たちが付き合ったので親に挨拶をしに来た、ということだと思われているような。
「優莉が引っ越した理由って、わたしが優莉と比べられてつらいって言ったせいなの?」
ぼけたことを考えている僕を置いて、陽菜は核心に切り込む。
食卓につく前に、陽菜の母に挨拶をする。
「陽菜の母の大坂裕子です。娘がお世話になってるよね、ありがとう」
「いえいえ」
……陽菜のお世話をしているかはともかく、だいぶ引きずりまわされたのは事実だな。謙遜しない方がよかったかもしれない。
ふと彼女の方を見ると、にっこにこだった。
こういうときに笑うの、やめてほしい。腹が立つから。
「陽菜とは学校で出会ったの?」
僕が答えようとすると、陽菜が割り込む。
「そうだよ、優吾くんとは同じクラス」
どうやら、僕たちの出会い方がメジャーなものではないということは、さすがに彼女もわかっているみたいだった。
それを母に話すのは彼女でも憚られるようで、適当なことで答えた。
「そっか。……ご飯用意するから、座って待っててね」
陽菜の母は、笑顔で僕たちを見てから、キッチンの方へ一人歩いていく。
僕たちは席に着いてそれを待った。
少し前から匂っていたカレーとご飯の盛られた皿が、食卓に次々運ばれてくる。
「違う家庭のカレー、なかなか食べる機会がないから楽しみだ」
「わたしは優莉の家のカレー結構食べたことあるよ」
僕の感想に対し、陽菜は小さな声で囁く。
たぶん、優莉の話はまだできるだけしたくないのだろう。
少し羨ましかった。優莉の、僕が知らないところ。
「全員分食事集まった?」
「はい」
食卓にカレーが行き渡ったことを確認して、いただきますと言って陽菜が食べ始める。
それにならって、僕も食事に手をつける。
「いただきます」
「召し上がれ」
「美味しいです」
しばしの沈黙。
黙々と、カレーを口に運ぶ。美味しい。
友達の家でご飯を食べたら、こういう気まずさがあるのだろうと思う。
微妙な空気感の中で、僕は頭をかく。
その気まずさを読み取ったのか、陽菜の母が話題を示す。
「星澤くんと陽菜は、学校ではどんな感じなの?」
結果選択された話題は、あまりにも答えづらいものだった。
話題がそれしかないから仕方ないんだけど……。
陽菜のスタンスに従うとするなら、僕たちは学校で出会ったということになっている。
実情に反する。
「めっちゃ喋ってるよ! ね、優吾くん」
即座に語られた嘘に同意を求められ、僕は咄嗟にうなずく。
彼女は、信じられないくらい嘘が上手かった。
頭の中で、彼女が「嘘にまみれた人生だからね」と言うのを想像する。
「そんなことより、今回の旅行の話しようよ」
そう言って陽菜がごまかす。
しかし、それは逆に悪手じゃないだろうか、と心の中で思う。
僕たちの関係について詳しいことを喋ると、学校で出会ったわけではないことがバレるし、優莉に会ったことを話すと、その転校の原因を知ったことがバレる。
「そうだね。星澤くんと陽菜、二人で旅行に行ったんだっけ」
「なんで知ってるんですか」
「そりゃあ陽菜から連絡が来たし、出発前には報告もされたからね」
陽菜の母の得意げな顔は、さすが親子、とても陽菜に似ていた。
ぼんやりと想像しながら、カレーを口に運ぶ。
「……陽菜さん、お母さんに連絡してたんですね」
「『なにも連絡なかったら、不安すぎてなにするかわからない』って言って定期的に連絡くれたよ」
不満げにぷりぷりしてそう言う様子を想像する。
「まあ、わたしにとっても連絡するくらいは大した手間じゃないからね」
陽菜は、やっぱりちょっと不満げな表情をして言う。
友達の前で、家族との関係を明らかにされるのは、少し抵抗があるみたいだった。
「私も、ちょっと親馬鹿すぎるってわかってるんだけど。どうしても心配で」
陽菜の母が、苦笑しながらその思いを吐露する。
その言葉に、陽菜の家庭の一端を見受ける。
きっと、陽菜への愛情が彼女を甘やかしてしまう原因なのだろう。
「……」
僕たちと、陽菜の母は黙り込んで、目の前の夕食を食べる。
ふと時計を見ると、もう二十時を回っていた。
そこで僕は皿に盛られたカレーを完食する。
「ごちそうさまでした」
「あ、お皿は置いといていいよ」
陽菜の母に案内されて、僕は机の上にお皿を置いて、陽菜の様子を眺める。
彼女は、マイペースにご飯を食べ進めていた。
「いつも通りなら、そろそろお父さん帰ってくるかな」
マイペースに食べていた陽菜が、言う。
教育サービスの社長と言っていたが、こんなに早く帰れるんだろうか。
少し訝しげな表情をする。
「陽菜との時間を長くしたいからって言っていつも早く帰ってくるよね」
タイミングよく陽菜が説明する。
「お父さんも本当に陽菜のこと好きだからね。私も気持ちはわかるよ」
子を愛するのは、親というものの性なのかもしれない。
それが少し大げさに現れたのが、陽菜の家庭だ。
きちんと話せばわかってくれると、そう思わされる。
まだなにもしていないのに、安心する。
……それと同時に、愛のある家庭が、結果として知り合いを転校させたことが、底知れず恐ろしかった。
「ごちそうさま」
陽菜も夕食を食べ終わる。
彼女の母もいつの間にか食べ終わっていて、食卓は解散の流れになる。
そこで、鍵の音が鳴る。
僕と陽菜は咄嗟に反応して、音の鳴った方を見る。
「帰ってきたね」
陽菜が小さく呟く。
「やっぱり緊張するな」
「お父さんが準備できたら、四人で話しよう」
そう言って、陽菜は玄関の方に行く。
「優吾くんが来てるってお父さんに伝えてくるね、ちょっと待ってて」
その言葉を受けて、僕は陽菜の部屋に入って待つことにした。
ダイニングに、四人が集まる。
陽菜の父だけ目の前にカレーを用意して、それを食べながら話すみたいだった。
「陽菜さんのお友達の、星澤優吾といいます。よろしくお願いします」
「陽菜の父の大坂大輔です。よろしく。わかりづらいから、大輔って呼んでね」
大輔さんは、陽菜の年齢から推測される年齢よりも、いくぶんか若く見えた。
経営者というよりは、優しそうな塾の先生に近い風貌だ。
「あ、それなら私も裕子でいいよ」
陽菜の母……裕子さんは、大輔さんから影響されたみたいだった。
「それで、お父さん、お母さん。わたしから話があるの」
陽菜の言葉を受けて、大輔さんと裕子さんは、僕たちの顔を交互に見る。
なにか誤解があるような気がする。
具体的には、僕たちが付き合ったので親に挨拶をしに来た、ということだと思われているような。
「優莉が引っ越した理由って、わたしが優莉と比べられてつらいって言ったせいなの?」
ぼけたことを考えている僕を置いて、陽菜は核心に切り込む。



