「おお、二人仲直りしたんだね。……っていうかもしかして、あれからずっと休んでる?」
すこし聞いたことのある声。
「天野先生、なんでいるんですか!?」
驚いたように陽菜が声を上げる。
僕は、内心少し焦る。
前に会ったのは二日前だったか、「あれからずっと休んでる?」なんて言われては、ここから説教が始まることを予測せざるを得ない。
「まあ、家が近いから。この辺でご飯でも食べようかと思ってたところ」
「そうなんですね! じゃあわたしたちはこれで失礼します!」
元気よく立ち去ろうとする陽菜の退路を塞ぐように、天野先生が一歩ずれる。
「なんで逃げようとするの? 逃がすわけないでしょ」
「ひい、天野先生怖い!」
冗談めかして笑う彼女は、教室での彼女と同じだった。
久しぶりに見た彼女の様子に、懐かしさすら覚える。
「で、どうしたんですか、天野先生」
「『どうしたんですか』じゃないでしょ、クラスメイト同士仲良くするのはいいけど、ずっと休んでるの?」
「はい」
「なんで?」
「……」
僕は黙って彼女の方をちらりと伺って、再び口を開く。
「友達に、会いに行ってたんですよ」
「ああ、伊藤さんか。どこに引っ越したんだっけ」
すぐに優莉が特定されたことに驚く。
しかし、隣の陽菜が、「わたしがちょっとその話したから」と説明したので、納得する。
「神戸ですよ。だから、わたしが優吾くん連れて、神戸まで行きました!」
「……まあ、星澤くんは後悔してなさそうだから、いいんじゃない? とにかく、無事でよかった。学校への連絡は俺がやっとくから、今後はこんな無茶しないように。無事に帰ってこなかったら、君たち自身も後悔するだろうし、親御さんも辛いし、学校としても大問題になるから」
天野先生の説教は、面倒くさいものではあったが、確かな心配が込められていた。
僕も、陽菜も、なにも言えない。
「二人はこれからどうするの? 今日は土曜日だし、好きにしてもいいと思うけど」
「これから、親と話をしに行くところです」
代表して、陽菜が答える。
それを受けて、天野先生は訝しげに僕たちを見る。
たぶん、連続で無断欠席をした後、親と話をしにいくというのが考えにくいのだろう。
「陽菜の親は、すごく甘いらしくて、それを話しに行くんですよ」
正確には少し違って、陽菜の親が子供のために優莉を引っ越させたことについて、だが……。
大差ない。
どちらにせよ、根本の原因である、甘やかしすぎていることについても話をするから。
陽菜も、それを聞いてうなずく。
「……甘すぎるのも考え物ってことか。それはいいけど、感謝の気持ちも伝えておきなよ」
「わかりました」
陽菜が、いつになく真剣な表情で相槌を打つ。
「緊張することはない。親は、子供を愛するものだから、きっと大坂さんの話をちゃんと聞いてくれる」
さすが育休中だけあって、親の気持ちには詳しいみたいだった。
それから、じゃあまた俺が育休から戻ったら、とだけ言って、僕たちが出てきたファミレスの方に入っていく。
……奥さんや子供は連れて来なくていいのだろうか。
「なんか、嵐みたいだ」
僕はそうつぶやく。
急に話しかけて、聞きたいことだけ聞いて言いたいことだけ言って、それから立ち去る。
「そうだよね。わたしもこの間会ったときは急に現れて話だけしてたし」
「ある意味では先生っぽいんじゃない?」
事実、僕たちはすっかり緊張をほぐされていた。
これなら、なんとか陽菜の親と話すという任務を達成できそうだった。
「さっさと陽菜の家行っちゃおう、また緊張する前に」
「ふうん、優吾くんもそういうところあるんだね」
「むしろ僕はそういうとこばかりだったでしょ、これまで僕のなにを見てたの?」
自分で言ってみるが、実ははっきりと陽菜に緊張を伝えたのは、平日に無断欠席して旅行するのはさすがに緊張すると言ったとき以来だろうか。
「まあ、わたしは優吾くんの全部見てたけどね」
「やかましい、いいから早く行こう」
僕の照れ隠しは、たぶんバレバレだろう。
しかし、陽菜は素直に家まで歩き始めた。
大阪の街だの神戸の山道だのを歩いた足は既に疲れ果てているが、陽菜のためには動かさないというわけにはいかなかった。
「見慣れた千葉の街だと、心なしか歩きやすいね」
「知らない場所だと疲れやすいんじゃない?」
陽菜のフィーリングに、具体的な理由を予想する。
定番の流れは、話題の尽きかけたときでも使いやすい。
学校の近くを通り過ぎて、僕と陽菜が出会った砂浜さえも遡って、ひたすらに歩く。
駅から数えると、片道一時間を超える徒歩。
疲れ果てそうになりながらなんとか歩いた先、海に近い、好立地のマンションの前で陽菜が立ち止まる。
「わたしの家は、このマンションの中」
「金持ちしか住んでなさそうな家」
「そりゃ、うちはお金持ちだからね」
「そういえばそうだった。お金持ちなことが裏目に出てるけどね」
「いやいや、わたしたちが優莉に会いに行けたのはお金持ちなおかげだから」
「そもそも優莉が神戸に飛ばされなければ、会いに行く必要はなかったんだよなあ」
やっぱり緊張があるのだろうか。
無神経に、陽菜に皮肉などを飛ばしてしまう。
陽菜は陽気に笑って、マンションの中に入っていく。
僕は焦ったようにそれについていった。
「すごい緊張する」
立地からして高級そうなのに、おしゃれな建造物に構成されていて、場違いだ。
それに加えて、今から陽菜の親に会いに行く。陽菜がどんな暴れ方をしてもおかしくないので、今から心配である。
「わたしも緊張してきた……」
僕を気遣って同意したのか、それともこれからのことを想像して、純粋に緊張しているのか。
わからないままエレベーターに乗って、陽菜の後ろを歩く。
しばらくすると、彼女は僕の方を振り返った。
「着いたよ、わたしの部屋」
隣の部屋となにも変わらない造りの部屋。
しかし、目の前に立って、これが陽菜の家だと再確認すると、心臓の鼓動が速まるのを感じる。
「……『親は、子供を愛するものだから、きっと大坂さんの話をちゃんと聞いてくれる』、だっけ」
陽菜は、天野先生の言葉を反芻する。
なにがあったのかわからないが、彼女は天野先生を信頼しているみたいだった。
僕は安心と、わずかな嫉妬を抱いた。
「いい言葉だよね、わたしを甘やかしているのも、全部お母さんとお父さんの愛」
陽菜は目をつぶって、覚悟を決めるように拳を強く握る。
そんな彼女の様子に、僕も深呼吸をした。
すこし聞いたことのある声。
「天野先生、なんでいるんですか!?」
驚いたように陽菜が声を上げる。
僕は、内心少し焦る。
前に会ったのは二日前だったか、「あれからずっと休んでる?」なんて言われては、ここから説教が始まることを予測せざるを得ない。
「まあ、家が近いから。この辺でご飯でも食べようかと思ってたところ」
「そうなんですね! じゃあわたしたちはこれで失礼します!」
元気よく立ち去ろうとする陽菜の退路を塞ぐように、天野先生が一歩ずれる。
「なんで逃げようとするの? 逃がすわけないでしょ」
「ひい、天野先生怖い!」
冗談めかして笑う彼女は、教室での彼女と同じだった。
久しぶりに見た彼女の様子に、懐かしさすら覚える。
「で、どうしたんですか、天野先生」
「『どうしたんですか』じゃないでしょ、クラスメイト同士仲良くするのはいいけど、ずっと休んでるの?」
「はい」
「なんで?」
「……」
僕は黙って彼女の方をちらりと伺って、再び口を開く。
「友達に、会いに行ってたんですよ」
「ああ、伊藤さんか。どこに引っ越したんだっけ」
すぐに優莉が特定されたことに驚く。
しかし、隣の陽菜が、「わたしがちょっとその話したから」と説明したので、納得する。
「神戸ですよ。だから、わたしが優吾くん連れて、神戸まで行きました!」
「……まあ、星澤くんは後悔してなさそうだから、いいんじゃない? とにかく、無事でよかった。学校への連絡は俺がやっとくから、今後はこんな無茶しないように。無事に帰ってこなかったら、君たち自身も後悔するだろうし、親御さんも辛いし、学校としても大問題になるから」
天野先生の説教は、面倒くさいものではあったが、確かな心配が込められていた。
僕も、陽菜も、なにも言えない。
「二人はこれからどうするの? 今日は土曜日だし、好きにしてもいいと思うけど」
「これから、親と話をしに行くところです」
代表して、陽菜が答える。
それを受けて、天野先生は訝しげに僕たちを見る。
たぶん、連続で無断欠席をした後、親と話をしにいくというのが考えにくいのだろう。
「陽菜の親は、すごく甘いらしくて、それを話しに行くんですよ」
正確には少し違って、陽菜の親が子供のために優莉を引っ越させたことについて、だが……。
大差ない。
どちらにせよ、根本の原因である、甘やかしすぎていることについても話をするから。
陽菜も、それを聞いてうなずく。
「……甘すぎるのも考え物ってことか。それはいいけど、感謝の気持ちも伝えておきなよ」
「わかりました」
陽菜が、いつになく真剣な表情で相槌を打つ。
「緊張することはない。親は、子供を愛するものだから、きっと大坂さんの話をちゃんと聞いてくれる」
さすが育休中だけあって、親の気持ちには詳しいみたいだった。
それから、じゃあまた俺が育休から戻ったら、とだけ言って、僕たちが出てきたファミレスの方に入っていく。
……奥さんや子供は連れて来なくていいのだろうか。
「なんか、嵐みたいだ」
僕はそうつぶやく。
急に話しかけて、聞きたいことだけ聞いて言いたいことだけ言って、それから立ち去る。
「そうだよね。わたしもこの間会ったときは急に現れて話だけしてたし」
「ある意味では先生っぽいんじゃない?」
事実、僕たちはすっかり緊張をほぐされていた。
これなら、なんとか陽菜の親と話すという任務を達成できそうだった。
「さっさと陽菜の家行っちゃおう、また緊張する前に」
「ふうん、優吾くんもそういうところあるんだね」
「むしろ僕はそういうとこばかりだったでしょ、これまで僕のなにを見てたの?」
自分で言ってみるが、実ははっきりと陽菜に緊張を伝えたのは、平日に無断欠席して旅行するのはさすがに緊張すると言ったとき以来だろうか。
「まあ、わたしは優吾くんの全部見てたけどね」
「やかましい、いいから早く行こう」
僕の照れ隠しは、たぶんバレバレだろう。
しかし、陽菜は素直に家まで歩き始めた。
大阪の街だの神戸の山道だのを歩いた足は既に疲れ果てているが、陽菜のためには動かさないというわけにはいかなかった。
「見慣れた千葉の街だと、心なしか歩きやすいね」
「知らない場所だと疲れやすいんじゃない?」
陽菜のフィーリングに、具体的な理由を予想する。
定番の流れは、話題の尽きかけたときでも使いやすい。
学校の近くを通り過ぎて、僕と陽菜が出会った砂浜さえも遡って、ひたすらに歩く。
駅から数えると、片道一時間を超える徒歩。
疲れ果てそうになりながらなんとか歩いた先、海に近い、好立地のマンションの前で陽菜が立ち止まる。
「わたしの家は、このマンションの中」
「金持ちしか住んでなさそうな家」
「そりゃ、うちはお金持ちだからね」
「そういえばそうだった。お金持ちなことが裏目に出てるけどね」
「いやいや、わたしたちが優莉に会いに行けたのはお金持ちなおかげだから」
「そもそも優莉が神戸に飛ばされなければ、会いに行く必要はなかったんだよなあ」
やっぱり緊張があるのだろうか。
無神経に、陽菜に皮肉などを飛ばしてしまう。
陽菜は陽気に笑って、マンションの中に入っていく。
僕は焦ったようにそれについていった。
「すごい緊張する」
立地からして高級そうなのに、おしゃれな建造物に構成されていて、場違いだ。
それに加えて、今から陽菜の親に会いに行く。陽菜がどんな暴れ方をしてもおかしくないので、今から心配である。
「わたしも緊張してきた……」
僕を気遣って同意したのか、それともこれからのことを想像して、純粋に緊張しているのか。
わからないままエレベーターに乗って、陽菜の後ろを歩く。
しばらくすると、彼女は僕の方を振り返った。
「着いたよ、わたしの部屋」
隣の部屋となにも変わらない造りの部屋。
しかし、目の前に立って、これが陽菜の家だと再確認すると、心臓の鼓動が速まるのを感じる。
「……『親は、子供を愛するものだから、きっと大坂さんの話をちゃんと聞いてくれる』、だっけ」
陽菜は、天野先生の言葉を反芻する。
なにがあったのかわからないが、彼女は天野先生を信頼しているみたいだった。
僕は安心と、わずかな嫉妬を抱いた。
「いい言葉だよね、わたしを甘やかしているのも、全部お母さんとお父さんの愛」
陽菜は目をつぶって、覚悟を決めるように拳を強く握る。
そんな彼女の様子に、僕も深呼吸をした。



