「長丁場になるかもしれないし、ご飯食べてから行こうよ」

 陽菜の提案。

「わかった。どこで食べる?」

 僕が持ってきたお金はほとんど手つかずで残っているので、昼ご飯代くらいは払うことができる。
 しかし、これまでの旅でお金を使いすぎたので、これからのことを考えると、あまりお金を使いたくはない。
 必然的に、選択肢が安いお店に限られていき……。

「結局、出会った日のファミレスに来ちゃったね」

 お財布に優しいことで評判な、イタリアンレストランのチェーン店だ。
 価格設定もさることながら、カジュアルな空気感も学生に人気の要因だろう。

「土曜のランチタイムだから、前よりもだいぶ混んでるな」

 前に訪れたときは平日も平日、ド平日だったので空いていたが、今日はそうもいかない。

「話題が尽きたっていう話題も何回目だろうね。もう三、四回ぐらいは話したんじゃない?」

「そういうときは視界の中から話題を探すっていう結論で落ち着いたでしょ。頑張って探してよ」

 そう言われて、視界のうちを探すふりをして沈黙。
 実のところ、僕も彼女も、話題を求めているわけではない。ただ、暇を潰したいだけ。
 そういう意味で、僕は一人で暇を潰すのには慣れているし、彼女もスマホを使えば大丈夫だろう。
 待つうちに席が空いたらしく、店員が案内する。

「なんか、緊張してきた。親に文句言ったことなんてこれまでなかったから」

「甘やかしてくれる親に反抗する理由も、ないだろうしね」

「本当は、甘やかしすぎって言おうとしたこともあったんだけど」

 目を伏せる。
 なにも言わないまま今日まできたのだろう。

「具体的に、陽菜はどういう甘やかし方されてきたの?」

 それを知らない限りは、本来どちらの立場にも立てないと、今気づいた。

「一つわかりやすいのを挙げるけど、中学の修学旅行のお小遣いは五万円だったね」

「もはやただお金持ちなだけでは?」

「お金以外のことで言うと、夕飯に食べたいものを言うと、どんな手段を使っても用意してくれる。深夜二時にラーメンが食べたいって言って、車で深夜営業してるラーメン屋まで連れていってくれたのは懐かしい」

「なるほど、甘いかもしれない」

「無難なのを挙げると、怒られたことない」

「そういうのだよ、そういうの」

 探せばもっとおかしなエピソードも見つかるかもしれないが、きりがないし店も混んでいるのでそこで切り上げる。

「優吾くんなに頼む?」

「前回はハンバーグだったから、今回はパスタ頼む。ペペロンチーノ。安いし」

「金欠じゃん」

 平日に急に旅行に連れていかれたら、金欠にもなる。
 と言いたいところだが、お金の大半を出してくれたのは陽菜なので下手なことを言えない。そのお金はどうせ返すんだけど。

「で、陽菜は?」

「わたしも金欠だからドリア」

 休日のこの時間に、金欠だからと安いメニューを頼む高校生二人。
 お店側からしたらいい迷惑かもしれない。申し訳ない。
 しかし、陽菜はそんなことまったく気にしないようだ。

「せっかくだしめっちゃ粘っていく?」

「駄目だよ、先延ばしにすればするほど緊張するだろうから」

「え、わたしが緊張してることなんでわかったの」

 心から疑問を抱いているかのような口調で彼女がとっさに呟く。

「僕と陽菜の仲だからね」

 僕は、彼女がよくやるように、にやりと笑って答える。

「まだ出会って四日目なのに?」

「それを陽菜が言う?」

 まだ出会って二日目のときに、僕を泊まりで旅行に連れ出した。

「それとこれとは話が違うよ」

 喋っているうちに料理が到着して、僕たちは我先にとそちらに飛びつく。
 安くてもやっぱり美味しい。

 僕はひどく緊張していた。
 当然のことだ、他人の家庭に向かうだけでもそもそも緊張するのに、それで親に文句を言うのが目的だ。

「陽菜の親ってどんな人? とんでもなく陽菜に甘いのはわかったけど、他のことをあんまり知らなくて」

「……お父さんが起業して社長になったっていうのは話したよね。教育サービスの社長だから、生徒さんたちにはすごく優しいらしいよ」

 でも、と不吉な接続詞が挟まる。

「その優しさが行き過ぎちゃったんだろうね。わたしにはとんでもなく甘い。逆に毒親みたいな」

「逆に毒親……」

 反芻する。
 面白い言葉選びだ。
 一般的な毒親の印象に反するものでありながら、確かに陽菜の成長に悪影響を与えるという点で、毒親である。

「子供には優しいから、優吾くんも門前払いされるってことはないと思う」

 そこで懸念点が一つ消えた。

「お母さんは、専業主婦。お父さんが起業して成功するより前に結婚して、ずっと応援してたらしい。こっちもお父さんと同じで子供に優しいから大丈夫だと思う。あと特徴的なのは、夫婦仲がすごくいいってことかな。だから、いつも明るい家庭ではあるんだよ」

 彼女はそこで瞑目する。自分の家庭を憂うように。
 そして、一瞬の後に目を開けて、付け足す。

「だけど、どこか歪なところがある」

 その瞳の色は、どこか暗いままだった。

「なるほど、大変だ」

 とっさに飛び出たのはあまりにも薄い感想。

「これでも、優莉への嫉妬とかも治まって、前よりも楽になったんだよ」

 ――君と出会う前よりも。

 そう言った彼女の瞳は、ただ暗いだけには見えない。

「……優吾くん、食べ終わった?」

「うん。会計してくる」

 陽菜は値段を確認して、財布から百円玉を三枚取り出す。

 確か、前は僕が奢ろうとしたんだっけ。
 素晴らしい心がけだけど、今の僕には他人に奢るようなお金の余裕はなかった。ある意味誠意だ。

 考えながら、会計を済ませ、席に戻る。

「この間は別々で店から出たけど、今日は一緒だね」

「それに対して僕は『そうだね』としか言えないよ」

「そうだね」

 なるほど、人のふり見て我がふり直せとはこういうことか。