「わあ、これもう東京都通り過ぎたんじゃない!? 二個も県またいだよ、いつぶりだろう!」
「朝から元気がいいね……。僕は眠いから寝てもいい?」
「駄目だよ、一人じゃ寂しいじゃん!」
泊まるときはどうせ一人なんだから、って言おうとして、なんか強烈なカウンターを食らうような予感がして、やめた。
朝六時には既に海にいたから、いつ起きただろう、五時半ごろだろうか。
実のところあまり眠くはない。
毎朝毎朝早起きをして優莉のことを考えていたら、いつの間にか早寝早起きの生活が定着していた。
「もう神奈川か……。千葉、東京、神奈川……」
「待って、これ新横浜すぎたら名古屋まで停車しないじゃん!」
「わ……一気に愛知……」
静岡を飛ばして愛知、そこまでいけばもう中部地方だ。一つ大都市圏を通り越して、次の大都市圏に着いてしまう。
その距離を一時間半、新幹線とはすごく速いものだ……。
「って、富士山どっち側!?」
「富士山は三人掛けの方だよ、反対側」
「えー、そっか。じゃあ座る位置間違えたかもね」
「まあ、二人で三人席座るよりいいんじゃない? ここからでも写真撮るくらいはできると思うよ」
「じゃあ、空いてる席あったら、そこで一緒に富士山と自撮りしよ?」
「嫌だよ」
もし大坂さんがその自撮り写真をSNSなんかに上げたら、僕が学校を無断欠席して新幹線に乗っていることが広まってしまう。
そんなことしないとわかっていても、リスクは負いたくない。
「どうしても、駄目?」
「そう言えばなんでも許してもらえるとは思わないでよ、嫌なことは嫌だって言えるようになったんだよ僕は」
「そっか、それなら仕方ないや。優吾くんと富士山と、自撮りしたかったなあ……」
「……絶対SNSに上げない? 絶対他人に共有しない?」
どうしても惜しそうな大坂さんの様子を見て、やっぱり黙っていられなくなった。
そんな僕の質問に、彼女はぱっと表情を明るくして、答える。
「そりゃあもちろん。優吾くんにもわたしにもリスクが大きすぎるよ」
「……じゃあ、いいよ」
「嫌なことは嫌だって言うんじゃないの?」
「信用できる人もいるって学んだから」
僕の素っ気ない答えに、彼女は笑う。
この見え透いた照れ隠しも、きっと見破られていることだろう。
なんか幸せな空気を味わいながら、気づけば新横浜。東京や品川から乗ってここで降りる人はけっこう多いみたいだった。
「乗ってくる人は比較的少ないね」
「まあ、次は名古屋まで停車しないから。平日朝に横浜から名古屋に行きたい人はそんなに多くないんじゃない?」
「……そういえば、朝のホームルーム、始まったね」
そう言われて時間を確認する。八時半ごろで、確かに朝のホームルームが始まる時間帯だ。
「優吾くんは、親からなんか連絡来た?」
「いや、神戸で泊まるってメッセージ送って一方的にブロックしたから。なにも来てないよ」
「それ判断できないだけなんじゃ……」
「一番文句言えないのは大坂さんだよね? 君が強制的に連れてきたんだよ?」
言ってから、これまでのことを思い出して、本当に強制的に連れてこられたのか疑う。
なんというか、選択権は僕にあって、僕の意思でわざわざ東京駅まで行って、わざわざ新神戸まで行こうとしている、ような……。
それと同じことを大坂さんも思ったみたいで。
「本当に強制的?」
「そうだね、僕は自主的についてきました」
「よく言えました! じゃあ寝てもいいよ」
「あんまり関係ないよね、それ」
軽口を叩きつつも、彼女といたらいつ寝られるかわからないので、今のうちに目を閉じておく。
昨夜とは違い、優莉との記憶は浮かばなかった。代わりに、昨日今日の出来事が脳裏を巡る。
考えてみれば、たった二日でよくこんなに距離を詰めて、お金を使ったものだ。
出会って二日目で二人きり旅行なんて、非現実的すぎて、なにを思えばいいのか。
「優吾くん、起きて。次降りるよ」
優しい声に、目を覚ます。
周囲は思ったよりも眩しくて、薄目を開ける。
「……次降りる? 富士山、は」
「もう通り過ぎちゃったよ」
あ……。
「……ごめん」
あんなに一緒に自撮りしたいなんて言ってたのに、寝過ごして……?
「いいよ。優吾くん、すごい気持ちよさそうに寝てたから」
「そんなに?」
「うん、すっかり安心しきってる、って感じだった」
出会って二日なのに、そんなに心を許しているのか。
「とりあえず、一回新大阪で降りたいからさ。荷物持って」
家から持ってきた荷物は、確かにそこそこのサイズではあるが、泊まりができるようなサイズではなかった。よって、一瞬で持てる。
一方大坂さんの荷物は普通に二、三泊はできそうなくらいに大きくて……この荷物を見た時点で気づくべきだった。
「で、新大阪でなにする?」
「今度こそは自撮りしたいんだよね。道頓堀の、グリコ!」
「ちなみに行き方はわかる……?」
「そりゃあ、いくつもの壁に直面して、その壁を苦しみながら越えて、それを積み重ねていく!」
一瞬、この人はなにを言っているんだ? と思う。道頓堀へ向かう道の途中に壁がいっぱいあるのかもと思ったが、苦しみながら旅行するのは聞いたことがない。
そして、少し考えてようやく気付く。
「それは生き方。そっちじゃなくて……」
「あ、気づいてくれてよかった。道はわからないよ?」
「『わからないよ?』じゃないんだよ、今のうちに調べておこう」
なんか、今回の旅は行き当たりばったりすぎるような……?
でも、ならではの楽しさにももういっぱい出会っていて、なにも文句が言えない。
「新大阪駅から電車に乗って、なんば駅ってところまで行ってそこから徒歩、らしいよ」
「あと、他にも行きたいところあるなら、事前に調べて順番組み立てた方がいいんじゃない?」
「そうだね、通天閣とか行きたい」
「それだと……お、なんば駅から動物園前駅ってところに行くといいらしい」
「え、動物園あるのかな……。まあ、それはグリコ見てからでいっか」
僕の性格上、大坂さんの適当さに苦言を呈したくはなるが……。
たぶん、優莉も旅行するとしたらこういうタイプだろう。
彼女はどんな場所でも楽しめそうだし、なんなら大坂さんよりも適当かもしれない。
いや、そもそも旅行に行かないんじゃないか?
「ねえ、優吾くん。他の女のこと考えてるでしょ?」
「なんでわかった? っていや、それより言い方……」
「優吾くんがにやにやしてるときは、優莉のことを考えてるときなんだよ」
なにそれ、僕も知らなった。
「そんなににやにやしてる……?」
「どうだろ、たぶんわたしにしかわからないと思う」
「ま、優莉もたぶんわかるけどね」
もういっそ開き直って優莉の話をしてしまう。
新幹線から出ていないので実感はないけれど、もう関西に来ている。優莉まですぐそこに迫っている。それで、僕のテンションは妙に高い。
「あーもう、そろそろ新大阪だよ?」
大坂さんに促されて、ドアの方に向かう。
暗い新幹線の通路と、見えないながらも新大阪の近づく鼓動で期待が高まる。
「楽しみだね、大阪」
「そういや、大坂さんと読みは同じか。もしかして大阪がルーツなの?」
「全然そんなことないと思う。あ、駅だ!」
すこし高い声で、大坂さんははしゃぐ。それにつられて、僕の期待も高まり――
ドアが開く。久方ぶりの外の空気は、想像よりも冷たい。
大阪のコンクリートを踏む。すこしだけ、たこ焼きのにおいがした。
「朝から元気がいいね……。僕は眠いから寝てもいい?」
「駄目だよ、一人じゃ寂しいじゃん!」
泊まるときはどうせ一人なんだから、って言おうとして、なんか強烈なカウンターを食らうような予感がして、やめた。
朝六時には既に海にいたから、いつ起きただろう、五時半ごろだろうか。
実のところあまり眠くはない。
毎朝毎朝早起きをして優莉のことを考えていたら、いつの間にか早寝早起きの生活が定着していた。
「もう神奈川か……。千葉、東京、神奈川……」
「待って、これ新横浜すぎたら名古屋まで停車しないじゃん!」
「わ……一気に愛知……」
静岡を飛ばして愛知、そこまでいけばもう中部地方だ。一つ大都市圏を通り越して、次の大都市圏に着いてしまう。
その距離を一時間半、新幹線とはすごく速いものだ……。
「って、富士山どっち側!?」
「富士山は三人掛けの方だよ、反対側」
「えー、そっか。じゃあ座る位置間違えたかもね」
「まあ、二人で三人席座るよりいいんじゃない? ここからでも写真撮るくらいはできると思うよ」
「じゃあ、空いてる席あったら、そこで一緒に富士山と自撮りしよ?」
「嫌だよ」
もし大坂さんがその自撮り写真をSNSなんかに上げたら、僕が学校を無断欠席して新幹線に乗っていることが広まってしまう。
そんなことしないとわかっていても、リスクは負いたくない。
「どうしても、駄目?」
「そう言えばなんでも許してもらえるとは思わないでよ、嫌なことは嫌だって言えるようになったんだよ僕は」
「そっか、それなら仕方ないや。優吾くんと富士山と、自撮りしたかったなあ……」
「……絶対SNSに上げない? 絶対他人に共有しない?」
どうしても惜しそうな大坂さんの様子を見て、やっぱり黙っていられなくなった。
そんな僕の質問に、彼女はぱっと表情を明るくして、答える。
「そりゃあもちろん。優吾くんにもわたしにもリスクが大きすぎるよ」
「……じゃあ、いいよ」
「嫌なことは嫌だって言うんじゃないの?」
「信用できる人もいるって学んだから」
僕の素っ気ない答えに、彼女は笑う。
この見え透いた照れ隠しも、きっと見破られていることだろう。
なんか幸せな空気を味わいながら、気づけば新横浜。東京や品川から乗ってここで降りる人はけっこう多いみたいだった。
「乗ってくる人は比較的少ないね」
「まあ、次は名古屋まで停車しないから。平日朝に横浜から名古屋に行きたい人はそんなに多くないんじゃない?」
「……そういえば、朝のホームルーム、始まったね」
そう言われて時間を確認する。八時半ごろで、確かに朝のホームルームが始まる時間帯だ。
「優吾くんは、親からなんか連絡来た?」
「いや、神戸で泊まるってメッセージ送って一方的にブロックしたから。なにも来てないよ」
「それ判断できないだけなんじゃ……」
「一番文句言えないのは大坂さんだよね? 君が強制的に連れてきたんだよ?」
言ってから、これまでのことを思い出して、本当に強制的に連れてこられたのか疑う。
なんというか、選択権は僕にあって、僕の意思でわざわざ東京駅まで行って、わざわざ新神戸まで行こうとしている、ような……。
それと同じことを大坂さんも思ったみたいで。
「本当に強制的?」
「そうだね、僕は自主的についてきました」
「よく言えました! じゃあ寝てもいいよ」
「あんまり関係ないよね、それ」
軽口を叩きつつも、彼女といたらいつ寝られるかわからないので、今のうちに目を閉じておく。
昨夜とは違い、優莉との記憶は浮かばなかった。代わりに、昨日今日の出来事が脳裏を巡る。
考えてみれば、たった二日でよくこんなに距離を詰めて、お金を使ったものだ。
出会って二日目で二人きり旅行なんて、非現実的すぎて、なにを思えばいいのか。
「優吾くん、起きて。次降りるよ」
優しい声に、目を覚ます。
周囲は思ったよりも眩しくて、薄目を開ける。
「……次降りる? 富士山、は」
「もう通り過ぎちゃったよ」
あ……。
「……ごめん」
あんなに一緒に自撮りしたいなんて言ってたのに、寝過ごして……?
「いいよ。優吾くん、すごい気持ちよさそうに寝てたから」
「そんなに?」
「うん、すっかり安心しきってる、って感じだった」
出会って二日なのに、そんなに心を許しているのか。
「とりあえず、一回新大阪で降りたいからさ。荷物持って」
家から持ってきた荷物は、確かにそこそこのサイズではあるが、泊まりができるようなサイズではなかった。よって、一瞬で持てる。
一方大坂さんの荷物は普通に二、三泊はできそうなくらいに大きくて……この荷物を見た時点で気づくべきだった。
「で、新大阪でなにする?」
「今度こそは自撮りしたいんだよね。道頓堀の、グリコ!」
「ちなみに行き方はわかる……?」
「そりゃあ、いくつもの壁に直面して、その壁を苦しみながら越えて、それを積み重ねていく!」
一瞬、この人はなにを言っているんだ? と思う。道頓堀へ向かう道の途中に壁がいっぱいあるのかもと思ったが、苦しみながら旅行するのは聞いたことがない。
そして、少し考えてようやく気付く。
「それは生き方。そっちじゃなくて……」
「あ、気づいてくれてよかった。道はわからないよ?」
「『わからないよ?』じゃないんだよ、今のうちに調べておこう」
なんか、今回の旅は行き当たりばったりすぎるような……?
でも、ならではの楽しさにももういっぱい出会っていて、なにも文句が言えない。
「新大阪駅から電車に乗って、なんば駅ってところまで行ってそこから徒歩、らしいよ」
「あと、他にも行きたいところあるなら、事前に調べて順番組み立てた方がいいんじゃない?」
「そうだね、通天閣とか行きたい」
「それだと……お、なんば駅から動物園前駅ってところに行くといいらしい」
「え、動物園あるのかな……。まあ、それはグリコ見てからでいっか」
僕の性格上、大坂さんの適当さに苦言を呈したくはなるが……。
たぶん、優莉も旅行するとしたらこういうタイプだろう。
彼女はどんな場所でも楽しめそうだし、なんなら大坂さんよりも適当かもしれない。
いや、そもそも旅行に行かないんじゃないか?
「ねえ、優吾くん。他の女のこと考えてるでしょ?」
「なんでわかった? っていや、それより言い方……」
「優吾くんがにやにやしてるときは、優莉のことを考えてるときなんだよ」
なにそれ、僕も知らなった。
「そんなににやにやしてる……?」
「どうだろ、たぶんわたしにしかわからないと思う」
「ま、優莉もたぶんわかるけどね」
もういっそ開き直って優莉の話をしてしまう。
新幹線から出ていないので実感はないけれど、もう関西に来ている。優莉まですぐそこに迫っている。それで、僕のテンションは妙に高い。
「あーもう、そろそろ新大阪だよ?」
大坂さんに促されて、ドアの方に向かう。
暗い新幹線の通路と、見えないながらも新大阪の近づく鼓動で期待が高まる。
「楽しみだね、大阪」
「そういや、大坂さんと読みは同じか。もしかして大阪がルーツなの?」
「全然そんなことないと思う。あ、駅だ!」
すこし高い声で、大坂さんははしゃぐ。それにつられて、僕の期待も高まり――
ドアが開く。久方ぶりの外の空気は、想像よりも冷たい。
大阪のコンクリートを踏む。すこしだけ、たこ焼きのにおいがした。



