薄暗い密室で、その人は薄い笑みを浮かべた。
そして、言う。

「自分がやりました」

と。

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椿の恋人だった葛城蛍(かつらぎほたる)が死んだ。
彼女はつい昨日まで笑って、話していたというのに。
蛍はなにか事件に巻き込まれてしまった可能性が高いらしい。
椿はそれを聞いたとき、動揺して震えた。

「娘と、仲良くしてくださり、ありがとうございました」

蛍の母は会場に入るなり、椿に近づいてくると深々と頭を下げた。
なんて反応していいのか分からず、少しの間困惑した。
なんとか、軽く会釈をして、蛍を一目見るために列に並んだ。

棺の中の蛍は、言葉にならないほど綺麗だった。
他の参列者も棺を覗くと息を呑んだほどだ。
ぽってりとした唇はほんのり桜色に染められ、陶器のような滑らかな肌は透き通るほど白い。
長いまつ毛が伏せられている姿は、寝ているだけなのではないかと錯覚してしまうほどだった。

「きれい、」

すぐ横でそんなつぶやきが落ちた。
こんなところで言うなんて不謹慎だろうと思い、椿は止めたが、
隣に立つ人物は止められなかったらしい。
椿以外にそのつぶやきは聞こえていないようだったが。
ちらりと隣を盗み見る。
整形か否か、二重は並行で鼻が高い。
蛍には敵わないが、きっとモテるのだろう。
そんな彼女に椿は見覚えがあった。

「新美花梨(にいみかりん)さんですか」

思わず声をかけてしまった。
花梨は勢いよく顔を上げると、椿を瞳に映した。
そして、瞳孔が大きく開いた。

「椿さん...?」

正面から見れば、気が弱そうな印象を受ける彼女は、蛍の唯一無二の親友だった。
よく、一緒に居たのを見かけていた。

「そうです。はじめましてですね」

こんなところで話すのも良くないと思い、場所を移動しませんか、と提案した。
花梨はにこりともせずに頷いた。



「蛍のお友達でしたよね、よく見かけました」

花梨ははあ、とあいまいな相槌を打った。
名前を聞いたことがあったとしても、初対面なのでそうなってしまうのも頷ける。
警戒しているのだろう。仮にも椿は彼女の二つ年上だ。
椿は気にすることなく話を続ける。

「それで、蛍の交友関係になにか気になる点とかありませんでしたか?」

花梨がわかりやすく動揺した。
瞬きの回数が増える、僅かに汗のにおいがする。
人間が緊張をするとそうなるらしい。
現に今の彼女はそうなっている。

「...特にありませんけど」

嘘だ。
椿は少しばかり腹が立った。
どうして本当のことを話してくれないのか。
そのために少し怒りの滲んだ話し方になってしまう。

「警戒しないでください。僕は彼女を、蛍を殺した人を探したいんです。憎いですから」

そう、蛍を殺した犯人は逮捕されていない。
故に花梨の瞳が揺れる。彼女も同じ思いのはずだ。
椿は目を細める。

「どうですか。なにか教えていただけませんか」

花梨は目を泳がせた。
彼女が何かを知っているのは確実だろう。
花梨は観念したように息を吐いた。

「...少しだけ、心当たりがあります。同じクラスの春燈(はるひ)ちゃんって女の子なんですけど」
「その子がなぜ?」
「異様に執着してたんです。恋愛感情があるなら特に否定とかはしないですけど、ずーっと見てるんです、蛍を」

ふむ、と手を口元に添える。
確かに、怪しい。
この証言を彼女が警察にしたなら、真っ先に疑われるのは彼女だろう。
警察に言ってしまってもいいかもしれない。
(調べて見ないことには、なんとも言えないが)
椿は胸ポケットからメモ帳をペンを取り出した。

「その子についてもう少し教えてもらえませんか。情報が少なすぎる」

花梨は小さく頷く。
ペラペラと春燈という少女の個人情報をばらしていく。
少しだけ申し訳なく思うが、仕方がなかった。



会場に戻ると、蛍の母親にしきりに話かけている少女が居た。
さっきはいなかったので、遅れてきたのだろう。
泣いたのか、目が真っ赤に腫れている。

「...あの子です。立花春燈(たちばな)ちゃん」

ハーフアップにされた紙はふわりと緩く巻かれており、一重の目に付いている長いまつ毛は
ぱっちりとあげられている。
真っ黒のワンピースに身を包む彼女は実年齢よりいくらか幼く見えた。
話しかけようと一歩踏み出すと、ぐっと腕を引かれた。

「遠くからのほうがいいです。面倒なので、あの子」

仕方なく遠くから話を聞くことにした。

「蛍ちゃんの形見にしたいんです。なにかもらえませんか」

「...そういわれても、この場にはないから」

「なら、家までお伺いします。お願いです」

蛍の母はあからさまに困惑している。
花梨が言っていた通り、春燈は蛍に執着しているらしい。
少ない会話からでもわかるほどに。

「ほんとうですね」

花梨は顔を歪めている。
それはそうだろう。
親友に以上に執着しているような人が居たなら、嫌な気持ちになるものだ。
椿だって同じように感じている。
春燈は了承されると、顔を明るくしてこちらに向かってくる。
その際に、花梨を瞳に映して、元から細い目をさらに細めた。

「花梨ちゃん」

花梨の肩がびくりと跳ねる。

「...来てたんだ」
「うん。形見、ほしくって」
「そう」
「貰えることになったよ。すっごく嬉しい」

きゃぴきゃぴとしている。
こんな会場でやる態度ではないだろう。
周りからの視線が痛い。
春燈は、じゃあまた学校で、と言うと手を振って会場を出て行った。
彼女の用事はあれだけだったらしい。
椿は人情のなさに鳥肌が立った。



花梨は鳥肌が立っている。
突然話しかけてきた椿にもそうだが、蛍に以上に執着する春燈にだ。
あんな会場で、形見をよこせと要求するなんて非常識にもほどがある。

「...どうだった。蛍ちゃん」

帰ってくると、母はすぐにそう尋ねてきた。
棺の中の蛍の姿を思い出す。

「綺麗だったよ」

思わずつぶやいてしまったくらい綺麗だった。
そう、憎いくらいに。

「そう。夕飯は?」
「いらないかな」
「そっか。気が向いたらおいで」

気が向くわけなかろう。
仮にも葬式の後だ。
食欲はなくなる。

なんとなくアルバムを手に取って、真っ白なベッドの上に広げる。
どの写真にも蛍が映っていて、その横で花梨は笑っている。
楽しかったからか、と問われれば言葉に迷う。
本当に楽しかったこともあった。
だけど、横に並べば劣等感ばかり勝つから、気を使っていた。
一枚ずつ手を滑らせ、ある写真で手が止まる。
蛍と花梨の間で笑っている男の子。
高峰風里(たかみねふうり)。
花梨の好きな人だった。

野外活動で、淡い恋心は儚く散ったのだけど。

「俺ね、蛍が好きなんだ」

隣で風に吹かれる風里はそんなことを言った。
火照っていた体がさーっと冷えるのを感じる。
どうしてみんな、蛍のことがすきになるのだろう。
可愛いからだろうな。所詮、顔だ。
女の子らしくて、優しくてかわいい女の子がモテないはずがなかった。
だから今までは仕方ないからと割り切ってきた。
だけど、今回は腹が立った。
蛍に風里のことを相談していたからだ。

「そう、なんだね。応援してるね」

吐きそうになりながらもなんとか言葉を絞り出す。
もしかして、と思う。
昨日も写真撮影の際、風里に限りなく近づいてピースしていた蛍を思い出す。
その前も、異様に距離が近かったような。
同じ班になってくれたのも、はじめから蛍が狙いだったからなのではないか。
そう思うと、全部嫌になった。
友達だって、ぜんぶ取られてきたのに。これもか。

「じゃあわたし戻るから。また明日」
「うん。また」

風里ははにかんでいた。
恋をすると、こうも人を変えてしまうのか。
親友だと思っていた蛍を憎く思うくらいに。

「あ、おかえりー」

部屋に戻ると、蛍はドライヤーを止めてパタパタと走り寄ってきた。
顔も見たくなかった。だけど、そういうわけにもいかない。

「どーだった?」

あなたのせいで、恋は終わったよ。
そんな言葉が喉に引っかかって飲み込んだ。

「脈なしかも。諦めるよ」

花梨は固いベッドに飛び込む。

「えー、まだ希望あるよ。頑張ろうよ」

あなたのせいだよ、全部。
そんな風に言ってしまいたかった。
だけど、言えるほど花梨は強くなかった。
結局、花梨は無視して目を閉じた。
風里が蛍に告白したという噂が流れるまでそう時間はかからなかった。

いつまでたっても、殺意と憎悪が消えなかった。
______________________________________

警察の調査は順調に進んでいないらしい。
遺族の意向でニュースにはなっていないが、僅かに警察からの情報がこちらに流れてきている。
犯人特定には至っていないと聞いた。

「怖いわねえ」

母が頬に手を当てて呟く。
その事件の被害者が春燈の友達であることを母は知らない。

春燈は蛍の母から受け取った、蛍の髪飾りを抱きしめた。
ほのかに蛍から香っていたシャンプーの香りがした。

「それ、どうしたの」

姉が尋ねてくる。
慌てて、体から離した。

「この前の葬式の子の形見だよ。貰ったの」
「へえ」

姉は興味なさそうに相槌を打って立ち去って行った。
それでいい。蛍に興味があるのは、春燈だけでいい。
蛍の一番だと思えば、春燈の心は優越感で満たされた。

しかし、蛍の一番は自分ではないのかもしれない。
椿だとかいう蛍の知り合いに、いつも一緒に居た花梨という女。
表面上は仲良くしてやっているが、本心では嫌いだ。
椿が一番許せない。
男であることはもちろん、蛍の母と親しそうに話していた。
どうして。

「蛍ちゃんの一番はわたしじゃないの?」

帰ってこない問いを自室で落とす。


『立花さんだよね、それ好きなの?』

進級早々インフルエンザにかかって学校を休んでしまったのが失敗だった。
学校に行けば、もうグループが成立していて、椿は一人だった。
蛍はそんな自分に話しかけてくれた。

『ちょっと興味があるだけ』

なんとなく、手に持っていたアイドルの雑誌を閉じた。
蛍は小さい子にするように目線を合わせてしゃがんだ。
隣に立っていた女の子も同じようにしゃがんだ。
ただ一つ違ったのは、春燈に向ける表情だった。

『わたし、それ好きなんだよね。おんなじだね』
『..そうかもね』
『ねえ、なんて呼んだらいい?』

蛍は目をキラキラさせて首をかしげる。

『なんでもいいよ、呼びやすいように呼んで』

その時の春燈は不貞腐れていた。
だからそっぽを向いた。
愛想だって悪かったと思うのに、蛍は嫌な顔一つしなかった。

『よろしくね、はるちゃん』

その瞬間、すべてが色付いたような気がした。


『はるちゃん、体育だって行こー?』

蛍の言葉に花梨が顔をしかめる。

『立花さんだって、友達居るよ、蛍』

花梨が自分に好意的ではないことは分かっていた。
関わりもないし、どうでもよかった。
だけど、腹が立った。
愛想も良くないし、女の子らしくもないのに、
蛍のことを呼び捨てして、ずーっと一緒にいる。
どうして、彼女の隣に立っても見劣りしないように努力している自分が選ばれないのか。
不服だった。
蛍の一番になりたかった。

ふと、棺の中で寝ていた蛍の姿を思い出す。
とても綺麗だった。
いや、いつも綺麗だったのだけど、蛍の人生で一番綺麗だったと思う。
儚くて、可憐で、花の精が寝ているだけのようにだって見えた。

「死んでよかったよ」

だって、これから醜くなることがないのだから。
蛍の葬式に出席できたことは嬉しいが、ひとつ気がかりなことがある。
蛍が死んでしまった今、多くの人は彼女の一番は花梨だと思うだろう。
蛍の母や担任でさえ言っていたのだから。
許せない。
___どうにかしないと。
______________________________________________

捜査の目は、やはり椿にもやってきた。
友人以上の関係ということが目に留まったのだろう。

「なにか、心当たりなどありませんでしたか。いつもと違ったこととか」

警察は両手を組んで、机に肘を付いている。
いつか見た刑事ドラマのようだ。

「....特にないですね」

蛍は前日もいつも通り学校に行っていたし、連絡もいつも通りだった。
ぱっと頭に立花春燈の姿が思い浮かぶ。
彼女のことを口に出しておいた方がいいのかもしれない。

「あ、でも」

警察はちらりと目線を上げる。

「立花春燈さんって人がいるらしいんですけど。異常に執着していたようで。僕としては気になる人間です」

警察は目線を下げてメモする。
そして、立ち上がると、個室の扉を開けた。

「情報提供感謝します。またなにか話を伺うことがあるかもしれませんので」

はい、と返事をして部屋を出る。
警察はどうしてこんなに愛想が無いのだろうか。
いっそのこと警察にでもなった方がよかったかな。
車に乗り込んだところで携帯が振動した。

「はい、もしもし」

『もしもし。蛍の母です』

蛍の携帯から電話してきたのだろう。
蛍の母の声は低い。気分はまだすぐれないのだろう。

「どうかしましたか」

『...花梨ちゃんと連絡が取れないんです』

蛍の母と花梨は密に連絡を取り合っているらしい。

「寝ているだけとかではなく?」

『はい。数日なんですけど、心配しすぎでしょうか』

「気になりますね。こちらでも連絡を取ってみます」

蛍の母は蚊の鳴くような声で、おねがいします、と言って電話を切った。
花梨はいったいどうしたのだろう。
手に汗がにじんだ。

『おかけになった電話番号は__________』

花梨の携帯に何度連絡しても、電話は取らないし、メールは既読が付かない。
椿は苛ついて、前髪をくしゃりと乱す。
力を入れすぎていたのか、何本か髪の毛が抜けた。

「どこにいったんだ、あの子は」

苛々が募る。
これでは、自分に怪しい目が向けられるのではないか。
社会にとって警察のお世話になることは、重大な足枷であり、信頼はがた落ちする原因である。
それは大学生である椿には困ることなのだ。

再び携帯が振動する。
画面には”立花春燈”と表示されていた。


「来てくださってありがとうございます」

目の前に座る春燈は優雅にティーカップに口を付ける。
服装や仕草は心なしか蛍に似ている気がする。
気のせいか。

「いえ。それで、お話ししたいことって?」

「椿さんは、蛍ちゃんの恋人なんですよね」

「ええ。まあ」

春燈はこてんと首を傾げた。

「じゃあ、蛍ちゃんのこと大好きなんですね」

「あたりまえです。早く本題に入っていただけますか」

花梨がいなくなったことも加え、苛々が募っていたからか、少し冷たい口調になってしまう。
ごほん、と咳払いしていつもの調子に戻す。
年上なるもの余裕を見せなくては。動揺なんてしてはだめだ。

「わたしと似ていますね」

春燈はにこっと愛らしい笑みを浮かべる。
椿は眉をひそめた。

「どういうことですか?」

「そのままの意味です。わたしも蛍ちゃん大好きなので。それで、椿さんとは仲良くなれると思ったんです」

なにを企んでいるのだろう、この子は。

「とりあえず、えーっと、好きなこととか聞いてもいいですか?」

春燈は一重の目を大きく開いてぐっと近寄ってきた。
マシュマロのような、甘い香りがした。

「..しいて言うなら、人の願いを叶えることですかね」

春燈は不思議そうな顔をした。
椿は、いつもの愛想がいい笑みを浮かべて、頷く。

「といいますと?」

「言葉の通りです。なんとかして、かなえてあげるんです」

春燈もさすがに困惑して表情を崩した。

「へ、へえ。素敵ですね、それは」

そうだ、素敵なことだ。
願いを叶えるということは、人助けと等しい。
椿は人助けが好きなのだ。

「それで、本題はなんでしょう?」

話を切り替えると、春燈はほんのり笑って口を開いた。

「蛍ちゃんを殺した犯人捜し、手を組みませんか」

「...なるほど」

既に花梨に提案したものだ。
しかし、早いところ犯人は見つけたほうがいい。
それに、椿にとって春燈から提案を持ちかけられることは都合がよかった。

「いいですよ。手を組みましょう」

春燈は満足げに笑った。

「今日はこれだけです。またご連絡させていただきますね」

彼女は一礼すると、店を出て行った。

椿が足を運んだのは、蛍がアルバイトしていた小さな喫茶店だった。
喫茶店めぐりが好きな彼女によくあった仕事だったのだろう。
カウンターにアポを取った男性を見つけて、会釈する。
男性も同じように会釈すると、エプロンを取って、カウンターからでてきた。

「お忙しい中、ありがとうございます」

「いえ。蛍さんが亡くなって我々も胸が痛いです」

男性はネクタイの隙間に手を入れて、緩める。

「なにか、変わったこととか。なんでもいいんですけど」

男性はうーん、と唸る。

「なかったですね、特に」

「そうですか。聞きたいのはそれだけです、ありがとうございました」

お礼を言って、店を出ようとする。

「なんですか、あの人」

「蛍さんの調査だって」

「あの子かー、使えなかった子ですよね」

「ちょっと、そんな言い方」

「夏梅さんだって言ってたじゃないですか。やめればいいのにって」

「いや、それは」

カウンターからコソコソと話し声がした。
蛍は、嫌われていたのだろうか。
ぎゅっと胸が痛くなる。
はあ、とわざとらしく大きなため息をついて椿は店を出た。



_______________________________________

花梨は夜道を走っている。

さっきから何かに追いかけられている気がするのだ。
蛍と登下校は共にしていたものだから、一人になって敏感になっているだけかもしれない。
しかし、怖いものは怖い。

ちらりと後ろを振り返ったところで、石につまずいて転んでしまう。
ずさ、ずさ、と足音は近づいてくる。
立ち上がろうとしたが、立ち上がれない。
腰が抜けてしまったみたいだ。

「嫌だなあ、そんなに警戒しないでよ」

影と声が落ちる。
花梨の手の震えは止まるどころか増すばかりだ。

「だ、だれ、あんた」

「きみの知ってる人だよ」

聞いたことが無い声な気がする。
ひやりと首筋に冷たいものが当たる。
それが刃物であると気づくと、喉からひゅーひゅーという音しか出なくなる。
それを見て、そいつは可笑しそうに笑った。
愉快犯だ。サイコパスだ。
頭の中では罵る言葉が次々と出てくるのに、喉からはでてくれない。
そいつは、花梨の首に刃物を付きつけたまましゃがんだ。
口元は弧を描いている。

「ねえ、ほら。はるちゃんだよ、花梨ちゃん」

フードを取って現れた顔は、立花春燈に間違いなかった。
そこで、花梨は犯人が誰なのか確信した。






蛍が灰になって、一か月。
犯人はいまだに見つからない。
花梨も見つかっていない。
春燈は積極的に連絡は取ってくるが、進展はなしだ。
彼女は本当に調べているのか怪しくなってくる。
こちらでも調べているが、進展はない。手掛かりらしきものもない。
なんなんだ、一体。
ベッドの上に投げていた携帯が振動する。
名前を見て息を呑む。
”新美花梨”
そう表示されていた。


「久しぶりです、椿さん」

声をあっけてきた花梨は以前より痩せた気がする。
ラフな服に身を包んでいる。
呼び出されたのは、築年数の浅いアパートの一室だった。
物は少なく、生活感が無い。
家出でもしたのだろうか。

「心配しましたよ。家出でもしていたんですか」

「まあ、そんなところです。今日はお話があります」

花梨は床にクッションを置いて、座れ、と促してくる。
椿はしたがって胡坐をかいて座る。

「なんでしょう」

きっと、なにか見つけたのだろう。
わくわくする心を隠して冷静を保る。
花梨は表情の変化はない。相変わらずだ。

「あなたが蛍を殺しましたね」

椿が息を呑む音が聞こえた。

「...なんでそう思うんです?」

「あなたはストーカーだからです」

「何言って「椿さんは、蛍の彼氏じゃないですよね」」

花梨が言った言葉に反応して、椿の目に異様な鋭い光がともる。
奥の部屋からガタガタと物音が聞こえる。

「誰かいますね」

椿は奥の部屋に目を向ける。
花梨はバンっと音を立てて机を叩く。
空気が緊張したピンと張った糸のようになる。
息がしにくい。

「今はわたしが話をしているんです」

椿は不服そうな顔をしたが、黙った。

「蛍が言ってたんです。元カレの椿に付きまとわれてるって。電話を毎日かけてきて、待ち伏せされて、脅迫まがいのメッセージを送られて、怖いんだって」

最初から怪しいと思っていた。
蛍の母は知らないようだったが、椿は蛍の恋人ではない。
以前付き合っていた、”元”恋人なのだ。
なんでも管理されることに耐えられなくなった蛍は別れを切り出し、椿も初めは了承したが、
一か月たったころから付きまといされるようになった。
花梨はずっと相談されていたのだ。

葬式で声をかけてきたときもひどく鳥肌が立った。
どうして、こいつがいるんだ、と思った。
椿は笑顔を浮かべているが、目は笑っていない。

「そういうの困るんですよね。警察に突き出す気でしょう?」

椿がへらっと笑うので、花梨は胸ぐらをつかむ。

「なんで、蛍を殺したの...!あなたも好きだったんでしょ?」

自分が責めるはずだったのに、花梨の目には涙が溜まっている。
ヘタレで怖がりで、こういう時ほど役に立たない。
椿のワイシャツを握る手に力がこもる。

「ねえ、なんで?答えてよ!!」

物が無い部屋に花梨の声が良く響いた。
奥の部屋の物音がぴたりとやむ。
椿は気色の悪い笑みを浮かべて、花梨の手を振り払った。

「だって殺せば永遠に誰のものにもならないじゃないですか」

ニタニタと笑みを浮かべる。

「それに、僕は願いを叶えてあげようと思って。蛍は綺麗なまま死にたいなあって言ったんです。だから、殺しました」

椿は楽しそうに笑っている。
花梨は頭の片隅にあった考えをいまさらしっかり理解する。
橋本椿という人間は最低で、最悪な犯罪者なのだ。
どうして、もっと早く蛍を助けてあげなかったんだろう。
後悔が体中を襲って息ができなくなる。
歪んだ愛だ。

「そんな理由で...?」

「ええ。それに綺麗だったでしょう?僕は彼女のためにメイクの勉強をしたんです。我ながら上手だと思いますけどね」

うんうん、と頷く。

「蛍は願いが叶って満足して死にましたけど、それでも蛍に会いたいんですか?」

「そりゃそうでしょ!親友なのに...!」

寒気がする、鳥肌が立つ。
とたとたと独特な足音が聞こえて、ひょこっと春燈が顔を出した。
顔は涙でぐちゃぐちゃだ。
聞いていたのだろう。

「花梨ちゃん、ばっちり」

目をこすりながら、手で丸を作った。
花梨は力強く頷いて、玄関に駆け出す。
春燈はあの日、花梨に協力を持ち掛けてきたのだ。
椿をどうにかして警察に突き出そうと。
彼は年上で、花梨たちよりも学がある。
頭脳戦では、絶対に勝てないから体を張ることにしたのだ。
案の定、彼は刃物を出してきた。
殺されるかもしれないのだ。

ひゅう、と音がして、頬に痛みが走る。
玄関の扉に、小型の刃物が刺さっている。

「あー、外した」

椿は残念そうにため息を吐く。
刃物を投げてきたらしい。
春燈が扉を開けて外に飛び出す。
花梨も続いて飛び出す。
同時に控えていた警察が飛び出して、無防備な椿を確保した。
うまくいった。
振り返って、椿の顔を見れば、口角が上がっていた。
すっと手を前に出す。
その手には拳銃が握られている。その銃口はまっすぐ花梨に向いている。
誰も気づいていない。
花梨でさえ気が付かなかった。

バンッ

大きな音が町中に響く。
誰かが悲鳴を上げた。
花梨はぐらりと揺れて倒れる。
椿は笑みを浮かべている。

「あなたの願いを叶えてあげました。仲良くしてくれたので、お礼です。蛍とまた会えますね」

椿は満足げで幸せそうな笑みを浮かべた。